おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。

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 東北大震災から早くも一ヶ月ちょっとが経ったけれども、いまだにメドの立たない原発問題、情報が錯誤していてとにかく不気味な放射能の恐怖、度重なる大きな余震、さまざまな市場で見られる風評被害・・・と、まだまだ不安定な日々がつづいている日本。


 だけれども、海外メディアのネガティブでドラマティックな報道によって外国で恐れられていたほど実際の日本国内は「世界の終わり感」には見舞われておらず、意外とみんな冷静で元気みたいなのを知って、ちょっとほっとした。「想定外」(そもそも自然の力を想定できる、なんて人間の奢りであなどっちゃいかんよ)だと言われる地震や津波の及ぼした被害は相当に悲惨なものであるにもかかわらず、社会や個々人がそこまでパニックに陥っておらず、お互いに譲り合ったり助け合ったりしている姿は、「さすがは礼儀あり秩序ありの日本!」と世界が尊敬してやまない一面だと思う。


 大事な人やこれまで培ってきた物を失ったり、思い入れのある土地を追われたりしている被災者の人たちの境遇は辛く悲しすぎる出来事で、精神的にも物理的にも復興までの道のりはまだまだ長く険しいものではあるだろうけれど、一方で日本や世界全体を見てみるならば、この悲しい出来事を機に日本人や世界人が暮らし方アレコレを見つめなおすチャンスにもなりえるかもしれない。


 ふと思えば、じつは身の周りには、あったら便利だけれども、なければないで生きていける物に溢れているわけで、たとえばほら、原発事故で電力不足が問題になっているけれども、僻地住民(自分で言っちゃった!)の私に言わせれば、「停電がなんだ、世界には電気も水も通ってない土地で暮らしている人たちが山ほどいるんだゾ!」ってなもんだ。


 アマゾンの我が村では、停電なんてそりゃもう日常茶飯事だし、雨が降りゃ水道管が落ちて水が止まるし、公共交通機関もしょっちゅう不機能化するし。言ってみれば年がら年中「ない」ものづくしで、そこまでいくと「ない」ことを不満がることすらアホらしくなるから、あら不思議。そして、それでもみんな、悲壮感を漂わすこともなく、笑顔で楽しく暮らしているのだ。かくいう我が家には冷蔵庫もエアコンもインターネットもないけれど、「ない」ことに慣れていれば不便も感じないし、物や合理さに束縛されることのないスローでシンプルな暮らしがむしろ心地よいくらいだ。


 物に溢れた暮らし、便利で合理的で効率的なものをやみくもに追求する暮らし、人工的な技術を過信し依存しすぎる暮らしの中で、日本人は「ない」という状況に慣れていないのが弱みといえるかもしれない。でもそんな当たり前に「あり」すぎる暮らしが今回の「想定外」の出来事によって揺るがされたことで、自分の生活や人生に本当に必要なものはなんなのかを改めて考えてみたりしている人もいっぱいいるかもしれない。そうだったらいいな、と思う。
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