おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。

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 うちのおサルな相方ウゴのお話。


 ウゴはルレナバケを東に東にブラジル寄りに向かった熱帯大湿原のど真ん中にある小さな小さな集落に生まれた。集落からブラジル国境より延びる幹線道路までのアクセスは、乾季は馬や牛車、雨季は辺り一帯水で覆い尽くされてしまうので集落は孤島と化し、交通手段はカヌーのみだったという。まさにそんな閉塞した環境に由縁するのだろう集落の名前は、「カンダード(=スペイン語で「南京錠」)」といった。

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 その辺鄙きわまる集落出身の両親の下、ウゴは5番目の子どもとして生まれた。そして彼がまだ赤ちゃんだった頃、お父さんは狩りに行ったまま事故にあって還らぬ人となり、当時の住処の庭に埋葬されたらしい。


 その後のお母さんの苦労は計り知れないけれど、彼が8歳になった頃、すでに結婚していた一番上のお姉さん(当時18歳)の先導で一家は孤島の集落を離れることとなり、長い長い道のりを移動し、ルレナバケの町へと辿り着いたという。ウゴには父違いの下の弟妹があと3人いて、全部で8人キョウダイだけれど、ほかのみんなは今ではそれぞれ違った町で家族を持っていて、お母さんはサンタクルスという町に住んでいる。


 さてさて。最近になって、お姉さんのひとりが、もう身内が住んでいないカンダードからルレナバケにお父さんのお墓を移そうという相談を持ちかけてきた。いつかカンダードに帰るだろうと思って残してきたけど、もう誰も戻りそうにないし、あそこは遠すぎて誰もお花を供えにいくことすらできない。ルレナバケだったらウゴがいるし、おばあちゃんやおじさんたちも住んでいる。


 というわけで、お姉さん2人とお母さんとウゴで、じつに23年ぶりにカンダード集落へと向かうことになった。その遠征隊から強くお誘いを受け、私もウゴや家族が生まれ育ったその大自然に囲まれた土地にぜひとも行ってみたかったのだけれど、いつもは行き当たりばったりで大胆な行動を取っちゃう私もさすがにまだ生後4ヶ月の息子を連れてそこまで辺鄙な場所まで行く道のりの大変さに尻込みしたのと、じつはめっちゃ怖がりな私は、火葬ならまだしも土葬された遺体を掘り起こすなどというホラーすぎる場面に立ち会う度胸は到底持ち合わさないため、今回は息子たち2人と大人しくルレナバケでお留守番することにした。


 そうして、ルレナバケから往復16時間ほどの旅を終え、ほぼ土に還っていたという亡きお父さんの名残りは、ルレナバケの墓地に改めて埋葬されたのだった。


 11月1日はTodos Santos(=死者を祀る祝日)。家族でお父さんのお墓参りに行こうと思う。

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 一年ほど前、青年協力隊の手工芸隊員としてラパスの手工芸専門学校で活動するマイコちゃんがルレナバケに遊びに来てくれた。雑貨づくりをする人たちと活動しながら、私自身は手工芸に関しては素人なもので、この機会にいろいろ教えてもらおうとお話をしているうちに、ヤシの葉の染色の話となった。


 カラフルに染められたヤシの葉の商品は、うちわや帽子、カゴ、コースター、小物入れ、アクセサリー、モビールなどたくさんあり、どれもラ・カンビータの定番商品だ。アマゾンの眩しい太陽、青い空、鮮やかな緑のもと、明るくカラフルな小物たちがよく映える。


 のだけれど、染料は残念ながら現地の自然からではなく、化学染料に頼っている。
 (↓写真は、ラ・カンビータつくり手さんたちによる染色過程)

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 そこをなんとか自然染料を使うように転換できないかと前々から思っていたので相談してみると、染色エキスパートの友人がいるから一緒に実験してみるとの嬉しいお答えをいただいた。


 私の妊娠〜出産などで話が延び延びになっていたのだけれど、最近になってつくり手さんたちにマイコちゃんを紹介する機会をつくれ、現在行っているヤシの葉の染色過程を見てもらい、実験用にヤシの葉の標本を持って帰ってもらって、、、



 結果。二週間ほどかけていろーんな工程で試行錯誤してもらったけども、ヤシの葉の繊維に自然染料では色がうまく浸透せず、成功ならず。。。うーん、残念! ・・・でもプロが苦労して無理だったからには、しょうがない。ヤシの葉の染色はこれまでの方法でつづけるしかなさそうだ。


 もし自然素材でのヤシの葉染色に成功していたら、マイコちゃんに先生になってもらい、つくり手さんたちを集めて講習会をしようと思っていたのだけど、そのプランはあえなく中止となり、その代わりに、マイコちゃんが絞り染めの講習会の提案をしてくれた。将来、絞り染めがラ・カンビータで商品化できるかどうかは分からないけど、知らない技術を教えてもらって損はない!

 というわけで、数名のセニョーラたち(つくり手の女性たち)を招いて、それぞれ着古した白地のTシャツやブラウス、ワンピースなどを持ち寄って、気温40度越えの暑い暑い午後のひととき、マイコちゃんの手ほどきを受けながら、みんなでワイワイ布を折ったり、結ったり、絞ったりして、それをまとめてお鍋に入れて、、、ハイ、完成♪

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 汚れた白地の服なんかはこうして染めたらまたかわいく着れちゃうね!とみんなも喜んでくれて、楽しい午後を過ごしたのだった。マイコちゃん、Muchas gracias!(ホンマにありがとう!)


 先週末、9月27日の世界観光DAYなるものにちなんで、ルレナバケの町ではさまざまなイベントが開かれた。筏のレース、マラソン、伝統ダンス、コンサート、郷土料理フェア、etc.


 そんなイベントの一環として町の広場で開かれた民芸品市に、私たちおサル一家のLa Cambita店も出店した。今年5月の伝統文化の日にも民芸品市が開かれたのだけど、そのときはちょうど臨月で大きすぎるお腹を抱えていて参加できなかったので、今回が久々のイベント出店となった。


 あいにく、父ザルはちょうど自宅の工事にかかりきりで(この話はまたいずれ・・)、お店のスタッフの女の子たちはひとりは臨月、もうひとりは子どもが病気だったため、みんなの手を借りることができず、二日間コザルたちを率いて私だけで屋台を回すハメとなったのだけど、そこはなんとか気合いで乗り越える。

 うちの元気な3歳のコザルは広場をほかの子どもたちと駆けまわって過ごし、0歳3ヶ月のベイビーザルは母ザルとともに屋台の店先で通りがかる人たちに愛想を振りまいて売上に貢献?してくれる。二日間ともメチャメチャ暑いなか、1日丸12時間ほど屋台におりっぱなしでさすがに体力的には疲れ果てたけど、そこそこ売上もあったし、何よりたくさんのお馴染みの顔ぶれや新しい顔ぶれに出会えた。2児を抱えて、しかも家事やツアー業のバイトもあるもんだから、最近はなかなか店に立つ時間が減っていたところ、こうした機会にお客さんと直接顔見て話ができるのはちょっと初心に戻る感じで新鮮でいい刺激にもなった。しかも、民芸品市を訪れる多くは地元民だ。地元のジャングルの素材をつかって、地元の人たちが手づくりした品を、地元の人が買って使ってくれる。そんな地元に生まれる繋がりの間に立てることが地味に嬉しい。


 そんなもんで、コザルたちに振り回されながらもやりたいことやる母ザルと、母ザルに振り回されながらもすくすく育つコザルたち@La Cambitaの屋台↓

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