おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。

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 最初の洪水から丸一ヶ月。じつに3週間にも渡って私たちルレナバケ村民を悩ましてきた雨・雨・雨・・の日々もようやく落ち着き、土砂崩れ後の危険な山で町民のために復旧作業に取り組んでくれた技師さんたちのおかげで町の水道もついに復活、他市からの道路はまだ復旧作業がつづいていて多少物資が不足したり値上がりしたりはしてるけど、なんとか日常生活が回るようになってきた。なによりもこの常夏のアマゾンでいつも親しんでいる青空と痛いほど照りつけてくる太陽の光を浴びることが一番の元気の素!


 とは言え、約一ヶ月に渡って被災を繰り返してきた私たちにとって、その後の復興までの道のりも簡単ではない。。。


 家を失ったり、修復が必要だったりして、いまだに避難生活をつづけるたくさんの家族たち。かくいう私たち一家も、数日間も水に浸かっていた我が家を前に、いったいどこから手をつけたらいいのやらと途方にくれてしまい、、、年末にサボってやり損ねた大掃除を今頃するハメになったワケだけど、ドロドロになってしまった床や壁や家具や日用品らの回収・清掃・ゴミ出し・片付け作業は思った以上に大変で、衛生の点から夜はまだテント生活をつづけている。(もうかれこれ三週間ちょい。)


 畑や田んぼが半壊・壊滅した農家さん、たくさんの家畜を失った牧場主さんの痛手も相当だし、考えるだけで切ない。。。


 町の主要産業であるツーリズムは、他市からのアクセスがいまだに途絶えていることから客足はもちろんないし、ジャングルやパンパスに木や椰子の葉で建てられているエコロッジやボートの物理的被害も大きい。元通りの活動再開には数ヶ月かかるかもしれない。そして、観光業の収入が崩れると、旅行会社やレストラン、ホテルなど直接の観光業関係者は当然のこと、町自体の景気も影響を受けるのが観光地の痛いところ。


 うちのお店だってもちろん例外じゃない。浸水被害こそ免れたものの、ここ一ヶ月はまともに店を開けることすらできなかったため、あまりの湿度でカビが生える商品続出! バイトでお手伝いに来てくれるスタッフの女の子たちには、それぞれの家庭事情が大変でないときだけお店に来てもらい、接客するお客さんがいないからかわりにひたすら対カビ掃除に励んでもらっているこの頃。


 そして、「ラ・カンビータ」の店に商品を卸してくれるたくさんのつくり手さんたち。各集落によって被害の大小はさまざまだけど、みんな多かれ少なかれ洪水被害を受けている。雨がおさまって、ちょこちょこ私のところに顔を出してくれるようになって、それぞれの洪水体験話や現況に耳を傾ける。正直、今の状況で彼女たちの商品を受け取っても、観光業が落ち込んでしまった今、しばらくは現地で売れる見込みはないし、湿度の高い雨季がまだ一ヶ月はつづくなか在庫保管作業だけでも大変で、心中アレコレ葛藤がありながらも、商品を卸して現金を持ち帰りたい彼女たちの気持ちや状況はこちらとしても痛いほど分かるし、私にはほかに彼女たちを手助けする方法が思いつかないので、店が面している状況を説明し理解してもらいながらも、できるだけ商品の買い取りをする。お互いに、今後の好転を祈りつつ!


 そんなわけで、じつに四度もの洪水をもたらした今年のかつてない連続大雨は、年始めからルレナバケや周辺の住民たちに大きな試練を与えてくれ、今年は誰にとっても前途多難となったわけだけれども、「自然と生きる」意味を実感させられる日々、自然への敬服を忘れずに、アマゾンの樹々のようにみんなで共生しながら強く逞しく生きていこう。



↓写真は、今後の洪水対策に備えて、我が家と溝の間に堤防をつくる作業に励むウゴ氏とその仲間たち。オレンジの家の壁に注目! 洪水時の最高水位の跡を残すラインが窓より上の高さにあるのが分かるでしょうか??

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 「二度あることは三度ある」、、、どころかまさかの四度目(三度目の延長)の洪水に襲われたのは、2月12日の夜中、だったらしい。

 私ら一家は3度目の洪水後また高台でキャンプ生活を送っていたのだけれど、この日は明け方から雨の音がせず外で小鳥たちがピーピー、ピーピーと鳴く声がして、「お、さすがにそろそろ晴れそう?」なんてポジティブに目覚めたばかりだったというのに、町と我が家の浸水レベルがどのくらい下がったかと思って偵察に出てみると、なんと洪水地域が前日よりも広がっている!


 ラパス、そのまた向こうのペルーから来るこの河、ルレナバケでは一時降り止んでいても上流部では雨が降り続いていたらしく、一晩経って河の氾濫は落ち着くどころかより激しくなっており、当然、水位は下がるどころかますます上がって、道路は河のように激しく泥水が流れており、そこにまた追い打ちをかけるかのように土砂降りがやってきて、私は家の前まで辿り着くことすらできなかった。

 相方ウゴ氏がひとりで胸まで(前日は腰までだったのに!)ずぶずぶ水に浸かり家の中に入っていったところ、ここまでは水が届かないだろうと予想して家具を積み重ねて上へ上へと積んであった物の多くがあえなく水に浸かっていたり、沈んでいたり、浮かんでいたり、というなんとも悲しい結果になっていたらしい。。。もちろん我が家に限ったことではない。河から3ブロック離れているうちでもこれだけ浸水したのだから、川辺に近ければ近いほどさらに被害は大きかったし、何と言っても今回は夜襲攻撃だったため、みんなの受けた痛手もより大きくなってしまった。


 しかも、断水すること19日、計画停電始まること4日、他市からの陸路断たれること1週間、今度は町に通信電波を供給する大きなアンテナの建つ町の電話局が浸水して何かが故障し、携帯電話からインターネットまでの通信手段がすべて途絶えた。

 最初の洪水が起きて約三週間、いろいろ大変な中も、こうしてブログやフェイスブックで現地の状況を発信することで、世界中の友だちから応援メッセージをもらい、ボリビア中の友だちから心配の電話をもらい、そんな友人たちからの温かい言葉に毎日励まされていたというのに、そのメディアまで失うとなんだか本当に世界の孤島に取り残されたような気分になり、さすがにちょっと弱気になった。このまま我が家も多くの家も水に浸かったまま腐りゆくんじゃないか、とか。もう、このままルレナバケは陽の目を見ることなく沈んでいくんじゃないか、とか。とか。


 そして昨晩、ついに一晩中雨の音を聞くことなく夜が過ぎた! さらに今日の午後には、念願の晴れ! 空にはもう三週間も待ち焦がれていた太陽が!


 河の水位はまだまだ高く油断ならないもののとりあえず一旦町からは引き、通信電波も3日ぶりに復活。断水と計画停電はまだつづいているけど、とりあえず、晴れた! 水浸し、ドロドロの家に戻って、床や壁や家具を洗い流して、ゴミと化してしまった本やら物を処理するしんどい作業に費やす日々はまだ続くし、雨季もまだあと一ヶ月はつづくはずなので油断はならないけれども、とりあえず、今日は晴れ! それだけでこんなに嬉しい。あぁ、母なる大地さま、ありがとう!


↓以下、ここ三週間ほど洪水の最中、笑顔と元気をくれた明るく逞しいルレナバケの人々。

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 2月2日、洪水つづきで中止になってしまったルレナバケ170周年記念のお祭りだったけど、先住民のおじちゃん、おばちゃんたちは雨の中、帽子をビニール袋で覆って、ドロドロの道を自主的に踊り歩き、暗い町の雰囲気に一時お祭り気分を与えてくれた。


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 河から町に逆流してきた水で溢れる道路や溝で魚釣りを楽しむご近所さんたち。ちっちゃいのから40cmくらいの魚までが簡単に釣れちゃって、みんなの食卓を支えてくれていたのだった。


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 キャンプ生活の非日常でも、不便で不衛生な環境のなかでも、身体を壊すことなく、毎日明るく元気でいてくれている我が子に感謝!!

 1月25日の土砂崩れ+鉄砲水による洪水の後、ようやく家が少し片付いたと思ったところに、つづく31日、今度はベニ河(アマゾン河の源流のひとつ)の氾濫による洪水が起きた。山攻めのつぎは河攻め!


 まったく予想していなかった一度目とは違って、二度目は前日から河の水位が徐々に上がっていくのが目に見えていたので、川辺住民はもとより数ブロック上の住民までが十分に警戒し、前夜から各家庭の入り口に土嚢を置いたり、レンガと石膏で固めたり、家具を上に積み重ねたりする様子が見られた。我が家も川辺から3ブロック上にあるとはいえ比較的下流部の低地なので、やっぱりご近所さんに見習って、表と裏の入り口に土嚢を積んで洪水に備えた。にもかかわらず・・・


 日が明けてみれば、努力のかい虚しく、氾濫した河から逆流してきた水が道路の溝から勢いよく溢れかえり家の敷地になだれ込んでくるし、キッチンやシャワーの排水口からも逆流してくるしで、一度目よりは遅いペースとはいえども数時間後には結局我が家は再びひざ上の高さまで浸水してしまった。浸水を防ごうと工夫や努力をした分、二度目の方が物質的な被害は少なくすんだけれども心理的なダメージは大きく、なんだかどっと無力感を感じてしまった。


 結局、屋内の水が長靴の中にジャブジャブ入ってくるようになった頃、無駄な抵抗を諦めて我が家を放棄し、幸い町の高台部で二度とも浸水被害を受けなかった私の職場(ツアー会社)にテントを張って、4日間寝泊まりすることとなった。同じく、山間部、川岸部に住居を持つ多くの住民たちは高台の学校で今でも避難生活を続けている。


 ・・・と、洪水がもたらした被害はこれだけでは終わらない。25日の土砂崩れで山の湧き水が町にもたらす水道の主管が激しく破壊され、その後も雨がつづいたものだから復旧作業が遅々として進まず、なんと昨日まで約二週間もの日々、町全体で水道のない暮らしがつづいた。その間みんながどうしていたかというと、降り止まない雨水を溜めて飲料も家事も洗濯も入浴もまかなっていたのだけれど、なにしろ熱帯のこの地域、水が溜まる場所には蚊も勃発するし、だいたい不衛生だし、不便だし。


 さらには、河のアクセスはおろか、陸のアクセスもラパス方面は途中で橋が落ちて不通、ブラジル方面は道路が浸水で不通、毎日飽きずに降りつづく雨でセスナ機もほとんど運航できず、文字通り「陸の孤島」となったルレナバケに閉じ込められてしまった私たち。


 洪水まっただ中やその直後はみんな目の前の出来事に必死だし、アドレナリンが出ているのか結構元気だったけれども、日が経ち状況が長期化するにつれて、自宅や町の惨状に改めてショックを受けたり、町の水が引いてもなかなか水道が復旧しないことに苛立ちと不安を感じたり、まだ降り止まない雨がトラウマになってきていたり、と心身ともにみんなの疲れが溜まっていくのを感じた。


 水道の復活で住民にちょっと元気が戻ったけど、家の片付けから町の復興まで、まだまだこれから私たちがやることはいっぱい。それに今後、デング熱流行や農作物不足、観光業の落ち込みなど二次的な心配事もたくさん出てくるだろうけど、まぁ焦ってもしょうがない。さぁ、前向きにみんなでガンバロウ、ルレナバケ!


     ☆      ☆      ☆      ☆      ☆   


追記:そうこう言いながらも少し落ち着いてきたかなぁ、という2月9日、なんとまたしてもベニ河が氾濫して町中が大洪水に。水道もせっかく復旧してほっとしたところだったのに、1日たってまた断水。まだまだ我々の試練は続きそうです。。。 
(↓写真は今朝の我が家の前の道)

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