おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。


 ここのお母さんたちは本当によく働く。世界中どこの土地のお母さんたちもみんな立派で素晴らしいと思うけど、田舎のお母さんたちはよりいっそうパワフルだ。


 まず、なにしろ、ちょっと呆れてしまうほど子だくさんである。うちのお店でおつきあいする生産者の中には、私より若いのにすでに5人の子持ちのお母さんがいる。幼い顔立ちの10代シングルマザーもいる。まだ小さい自分の子どもと自分の孫を同時に育てている、おばあちゃんとは到底言えない若さの女性もいる。


 それに、ここの一般家庭には、洗濯機も掃除機も電子レンジも食器洗い機も冷蔵庫もないから、家事は何から何まで手仕事だ。小さな集落に行けば、それこそガスも電気も水道ないから、夜が明けたら川や井戸で水を汲んで、薪で火を起して・・・と、ますます日常の仕事が多い。


 さらには、市場で物を売っているのもお母さんたちだし、うちのお店に商品を卸してくれている生産者の人たちもほとんどみんなお母さんたちなのである。いったい、ここの男どもは何をしてるんだか。。。

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 さて。昨日の5月27日は、ボリビアでは母の日だった。

 ボリビアにおける母の日というのは、公式の祝日とまではなっていないものの、多くの職場で、世のお母さんたちには休息日が与えられる。


 そして、普段は毎日朝から晩まで働き通しで奮闘するたくましく偉大なお母さんたちを、この日は家族が、そして社会全体が、至れり尽くせりで労って、感謝して、盛大に祝福する。


 学校では子どもたちが踊りや朗読を披露したり、家では夫や息子たちが慣れない料理をしたり、夜は女性たちがパーティーに出かけられるよう家族たちが家の留守番をしたり。

 給付金政策がお得意のエボ政府(前例:老人への年金制度の改革、低学年の子どもたちへの給付金の実施、etc.)は、この日、全国のお母さんたちに向けて、ボリビア独立戦争時代の女性英雄の名前を付けた給付金を発行した。


 ちなみに、うちの店を手伝ってくれているレティシアもふたりの子持ちのお母さんなのでこの日は休暇をあげて、私は店で日常と変わらない一日を過ごす・・・はずだったのだけど、夕方になって、やっぱりお母さんである友人から誘いを受けたので、ちゃっかり私も母の日フィエスタに便乗して、飲めや踊れやの楽しい夜を過ごしたのだった。


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 行き当たりばったりで始めた活動も気づけば早3年半。自然素材の雑貨を販売するという仕事はかなり自分の趣味の世界だし、現地のアルテサニア作家さんたちとのおつきあいや世界各地から訪れる旅行者たちとの出会いも毎日とっても楽しい。あくまで細々とのんび~りな活動とは言え、一応食べていける収入もあって、言うことなし。


 ・・・なのだけど、あえて贅沢な不満を言うならば、自分のお店という責任を抱えて、なかなか自由に動ける時間が取れなくなったこと。


 基本、週7日間(つまり無休)午前8時から午後9時まで営業しているので、自由に動けるのは夜9時以降だけ。日中は、ちょこっと店開けて市場に買い物に行ったり、ご飯を作ったり、洗濯をしたり、ネット屋さんに行ったり、といった日常の用事を済ますことさえなかなか自由にはままならず、ましてや遠出して集落の生産者さんの下に出かけていくことなんかめっきり少なくなってしまった。(そのかわり、毎日日替わりで違った集落から生産者さんたち自身が私の下に顔を出してくれる。)


 お店の活動もだいぶ落ち着いてきたことだし、そろそろもうちょっと自由に動ける時間が欲しいよなぁ・・・。


 さて。そんなわけで、この度ついに決断! 今回、私の旅行休暇中に店番をしてくれていたレティシアに、このまま継続してしばらく手伝いを続けてもらうことにした。


 世間知らずな私は人に雇われた経験も少ないけど、人を雇った経験はもっとないので、こうして第三者の人間に活動に参加してもらって、いろいろ学ぶことがあると思う。だらけ気味になってた平凡な日々に気持ちのいい緊張感を与えることにもなるかもしれない。それに、少し自由になった時間をこれからどう活用するかという楽しみもできた。


 と、なんだか久々の変化がちょっと新鮮なこの頃なのである。

 ルレナバケに戻ってきて、ちょうど一週間が経った。


 私がいない間のお店の営業は、私のパートナーのウゴと、最近お店を手伝ってくれているレティシアという女の子がふたりでローテーション組んでやってくれていたのだけど、なんせ丸々2ヶ月もほったらかしにしていたもんだから、その期間にアルテサニア作家さんたちから届けられた商品たちの納品登録やら、売上、支出etc.のパソコン入力、在庫確認作業などなど、とにかくアレやコレやと片付けなきゃいけない仕事がいっぱい。。。


 それに加えて、たったの二ヶ月ぶりにも関わらず、なにしろ田舎の人たちは井戸端会議のネタ探しには目がないから、アチラコチラでいつも以上にお声がかかる。「ずいぶんご無沙汰じゃないの。」「長いこと、どこ行ってたの~?」と。そんなわけで、市場や道ばたで出会う人たち、お店をのぞいてくれる人たち、アルテサニア作家さんたち、親しい友人たちとの再会のご挨拶と世間話に花が咲き・・・。


 あぁ、今日も仕事がススマナイ!


 いざ、地球半周の旅。

 大阪から東京へ。東京からLAへ。奇しくも、豚インフルエンザにみずから近づいていくこととなった、能天気な私。


 ロスの空港に着いたら、そこには花粉の季節の日本並みにたくさんの怪しげなマスクマンたちがぞろぞろいて、ちょうど私の着いた便と重なってメキシコ航空が着いちゃったもんだから、到着口を出るとカメラを持ったリポーターたちの大袈裟なお出迎えを受ける。(私は素通りですが。)


 ロスではラテン人街に民芸品屋さんを見に行こうと思っていたのに、まわりのみなさまに「豚インフルエンザ感染が怖いから、今はそこはやめた方がいい」と止められてしまい、予定変更。ベトナム人街でフォーと生春巻きを食べ、浜辺をお散歩してから、夜は港のレストランでシーフードの食べ納めをする。(いつものことながら、食べてばっか!)


 翌日は、ロスからマイアミへ。そこまではまぁまぁ順調だったのだけど、マイアミからラパス行きの便への乗り継ぎタイムが小一時間、というアメリカン航空のじつに無茶なスケジュール組みによって、見事、乗り継ぎ失敗。・・・とりあえず、笑っとこうか。ワッハッハ。なにしろ、マイアミからラパスへの航空便は一日に一便しかないのだ。そして、時刻は真夜中。


 でも、乗り遅れたのは私がトロいせいなんかでは決してこれっぽちもありえなくて(これ重要!)、完全にマイアミ着が小一時間ほど遅れたせいなわけで、夜中のマイアミ空港にぽつんと取り残された可哀相な私には、なんとアメリカン航空からヒルトンホテル一泊券が支給される。あぁ、なんてラッキー!(てか、数年前にも全く同じことがあったような・・・。学習しないのか、アメリカン航空さんよ。)


 こうして私が足止めを食らっている間にも、世界各地で豚インフルエンザがますます脅威をふるっていた模様。だんだんドキドキしてくる。

 う~む。なんとなく豚インフル菌は不気味だし、まぁ、マイアミは前にも来たことあるし(Viva! アメリカン航空)、だいたい車がなきゃアメリカではどこにも行けない不便さをもうつくづく思いしらされているし。というわけで、今回の予定外マイアミ滞在ではほとんど町をウロつくことをせず、おとなしくプール付き5つ星ヒルトンさまのお世話になっておいた。


 そんなこんなで、ようやくラパス到着。ここでも私は何事もなくスルーだったのだけど、あとから聞いた話では、私が着くはずだった前日に、体調不良でラパスの空港から病院に直行させられた旅行者たちがいたとか。しかもその中の一人が韓国人女性で、その日着くはずだった私がいつになっても音沙汰無しなもんだから、私の到着を待っていた人たちは、マスクつけて病院に運ばれる韓国人女性の姿をテレビで見て、「ナツミが豚インフルエンザで病院に収容された!」などと、あらぬ誤解が生じていたりもして。・・・いやぁ、かたじけない。わたくし、その頃、ひとりヒッピー姿で無料ヒルトンをエンジョイしておりました(笑)



 さて。アメリカを出て96時間以上が経った今もピンピンしてるから、たぶん大丈夫。病原菌はもらってない。いつもどおり、とっても元気です。私。


 そんなわけで。ただいま、ルレナバケ!