おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。

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 ルレナバケの川向いの町からちょこっと離れたジャングルの中の小さな家で、ひとりで暮らす日本人のおじいさんがいる。

 大分生まれの小野さん。94歳。


 彼は、私と同じ、23歳のときにボリビアに来た。戦前である。

 商業実習員として二年の契約で訪れ、そのまま在住し、戦争が始まり、その後一度は日本に帰国するが、またボリビアに戻ってきて、半世紀以上の長い歴史を歩みながら、今に至る。


 ルレナバケに日本から移民がやって来たのは、小野さんよりも後のことだ。小野さんは、そんな日本からの移民家族たちが協力しあえるように、ルレナバケ日系人会を創った。

 現在では、会長の役は他に譲ったものの、いつも日系人の家族(といっても、一世の方々はもう生きておらず、二世以降で、日本語もほとんど話せない)の生活などを気遣い、毎週土曜日には自転車でジャングルから町に繰り出す。


 ・・・もう一度言うけど、小野さん、94歳。


 とにかく、周りが心配するほど活動的で、二、三年前には、人生最後のプロジェクト(たぶん?)として、自宅(ジャングル)の畑の農産物を、すべてヤマイモに変えた。

 このヤマイモは、日本のいわゆるヤマイモとは見かけはだいぶ違うけど、まぁ、たぶん同系なんだろう。小野さんいわく、ボリビア人は野菜をほとんど食べないから、栄養がかたよりがちだけど、イモ類はかなり好きだから、ビタミンCやさまざまなミネラルがたっぷりのヤマイモを食べる習慣がつけば、ボリビア人にとってのいい栄養補充源になるだろう、とのこと。う~ん、とってもおもしろい発想だ。


 そんな小野さんは、日系人家族はもとより、現地の多くの住民たちに慕われる、素敵なおじいさんだ。



 日本人の観光客で時間を持て余してる人に出会うと、私はいつも彼を訪れることをオススメしている。70年以上、ボリビアに暮らす小野さんの語る歴史は非常に興味深いし、また、短波ラジオでほとんど聴き取れないようなNHKラジオ放送を、かかさず聴いている小野さんにとって、日本人との会話は貴重なものであるようだ。

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 先週、友だちの推薦で、ルレナバケの町とラパスを往復するセスナ機の事務所カウンターの仕事の面接を受けた。


 日本でも就職活動したことないのに、ボリビアで履歴書作ることになるとは・・・。


 英語とパソコンを使いこなせることが条件で、給料はここのレベルにしては高い方なので、まぁ、試しに、と、軽~い気持ちで応募してみたら、あっさり面接試験に合格してしまった。実際、英語をまともに話せる現地人はほとんどいないから、可能性は高かったんだけど。


 さぁ、どうしよう。


 深く考えずに応募したから、受かった場合にお店をどうする、とか全然考えてなかったし。日本に一時帰国するための復路航空券は、もう期限ギリギリだし。・・・困ったナ。


 優柔不断なモンで、一晩アレやコレやと考えをめぐらせた末、せっかく採用されたけど、今回は残念ながら断ることにした。


 新しいことに手を出すのはめっちゃ好きだし、落とされたならともかく、自分からオファーを蹴るのは、かなりもったいない気もするんだけど、週7日、朝6時半から夕方7時まで、っていうスケジュールだと、お店は完全にほったらかしになっちゃうワケで、それはちょっとキビしい。お店を正式にオープンしてからまだ半年もたたないし、ちょうど雨期が終わってこれから観光シーズンに入ることもあって、今年はもうちょっとお店中心の生活を続けよう、ということに決めた。



 というワケで、家族・友人の皆さん、予定どおり5月半ばに一時帰国することになりそうです。


 ルレナバケは、電気のある中心地に住む人口約三千人ほどの小さな町だけど、地元テレビ局が三局あり(というか、全国レベルのチャンネルは入らないので、その地元3チャンネルしかない)、それぞれ、国内外のニュース番組やドラマ、コメディー、スポーツ、映画などを主に流す。さらに、そのうちの二局は、自局のニュース番組を夜の8時頃に放送しており、そこでは、地元のニュースが報道される。


 これが、なかなか住人にとっては、遠い首都のストライキ情報なんかより、よっぽど役に立つ情報だったりする。

 例えば、どこどこの集落で行われてるプロジェクトの紹介だったり、役所の様子だったり、いろんなイベント、各セクションで働く人のインタビュー、町で起こった事件、などなど。なにしろちっちゃい町なので、画面に現れるのは知ってる顔ばっかりでおもしろい。


 また、番組間に挟まれる地元CMでは、町のお店やレストランの最新情報や、仕事の募集、集会・フィエスタの案内、なくしもの、誕生日の告知までされる。ほかにも、○○さんが病気だから、募金の協力を!みたいな放送もある。



 日本でも、市町村レベルで地元放送やったら、地元の政治や商売関係、なんでも身近になっておもしろいのに、と思うけど、もしあったとしても、きっとあっちじゃテレビからインターネットまで情報源が溢れてるし、行動範囲も地元レベルじゃ収まらないから、わざわざ地元放送を選んで見ようと思う人も少ないだろうな。



 「こんなちっちゃな町に暮らしてて、物足りなかったり、飽きたりすることないの?」って、たまに外から来た人に聞かれるけど、田舎には田舎のおもしろみがいっぱいあるのだ。


 今年もカーニバルの時期がきた。


 「カーニバル」と言えば、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロが有名だけど、ボリビアでもカーニバルは盛大に祝う。特にオルローの町には、国内外から毎年何万人の人たちが集まり、フォルクローレを幾晩も踊り続ける。


 去年のカーニバルは、友だちとオルローに行った。今年は、店のことがあって、どこにも出かけず、ルレナバケでカーニバルを過ごすことになった。



 2月最後の週末、町中はいつもとちょっと違った様子を見せる。


 本場オルローのような何万人の集う本格的フォルクローレのパレードは、ここでは見られないが、夜はやっぱり、ディスコテカなどでミス・カーニバルや仮装パーティーなどで盛り上がって、それなりに楽しい。


 そして、最後の祝日である火曜日は、Martes Ch’alla と言って、商売繁盛や1年の成就をPachamama(大地の母)にお祈りする。という名目の下、自宅やお店などで、飲めや踊れやのお祭りが朝から晩まで行われる。


 もちろん、うちのお店でも派手にやった。風船やら折り紙でいっぱい飾り付けして、定番、酒と踊りのフィエスタ三昧。んでもって、お店をベースにご近所さんや友だちと同盟組んで、水かけ合戦。これもカーニバルの習慣のひとつで、水風船や水鉄砲、泡スプレーなどで、道行く人たちや別のグループの人たちめがけて攻撃する。大人も子どもも、我を忘れて、大はしゃぎだ。


 オルローやラパスは、何しろ寒いため、この水かけ合戦には結構大変な思いをさせられることが多いけど、年中常夏のルレナバケでは、この水掛け合いもなかなか楽しい。だいたい、カーニバルの日々に、町を濡れずに歩くことは不可能なんだから、自分も一緒になって楽しまなきゃ損♪♪♪




 ・・・という、ハチャメチャなカーニバルの日々も、あっという間に過ぎていき、また平和でのーんびりした町に戻った今日この頃です。
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