おサル気まぐれ日記 ~ルレナバケから世界へ~

南米ボリビアのアマゾンールレナバケで暮らすおサルな私が、ジャングルの自然素材を使ってルレナバケの人たちが生み出した手づくり雑貨の店を経営しながら、気まぐれに日々の出来事や思いをつづり、ジャングルの香りをお届けします。

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 8年ほど前、縁あってルレナバケの市街地からバイクで10分ほどの郊外に小さな土地を手に入れた。そこに住むにはまだ辺りが人寂しかったので、その小さな土地を耕して、ちょっとした憧れだった「畑」を作ってみようとした。子どもが生まれる前にはほうれん草やキュウリ、ラディッシュ、生姜、ネギ、キャッサバ、トウモロコシなどを植えて、暇を見つけては土いじりや家庭栽培の野菜づくりを楽しんでいたこともあった。


 それからしばらく、長男・次男の妊娠〜出産〜乳児の世話という出来事が続けざまにあったため、バイクに乗って凸凹道を走り、気温30〜40度の日射照りつける中、蚊や虫の多い畑に足繁く通うことがめっきり億劫になってしまい、すっかり放ったらかしにしてしまっていた。


 それでも、土と太陽と雨水があれば、たくましいアマゾンっ子たちは育ち続けてくれた。パパイヤ、バナナ、ココナッツ、さとうきび、パイナップル、etc. etc. いや、もはや畑ではないな。えーっと、・・・ジャングル果樹園??


 私よりフットワークの軽い(=暇な)相方ウゴ氏が、月に何度か様子を見に行って、草刈りしたり、乾季には水やりしたり、苗木を植え替えたり、パチャママ(母なる大地)の産物を収穫してきてくれる。そんなジャングル果樹園。


 さて、夏&雨季後半のルレナバケ。週末、久々に家族みんなでうちの畑ならぬジャングル果樹園に足を運んでみたら・・・。


 あ、コポアスが初めて実ってる! これ、3、4年前に出会ったカカオ生産者から買った苗が育ったやつ。熱帯地方のフルーツで、チョコレート原料のカカオの一種。甘酸っぱい味で強い香りの白い果肉でジュースを作るのが一般的。収穫時期に採れた実の果肉だけを冷凍しておけばいつでもコポアスジュースが作れちゃう♪

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 ココナッツも、植えて8年目にして、ようやく実った!フレッシュなココナッツジュースを飲んで果肉も生で食べて、残った殻を使って雑貨作りもできるし、一人三役くらいこなす賢い子。

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 パイナップルはもうここ3、4年、毎年お世話になってます! 収穫した実の緑の王冠の部分を植えたら、またどんどん新しい子が生えてくるシンプルでたくましい子。

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 もちろんバナナも年中お世話になってます♪ バナナも次々と育つから、ホンマありがたい栄養源。我が家だけでは全然食べ切れないので、収穫後はいつも友人たちにおすそ分け。

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 それから今回は半年くらい前に植えてみた花の種をたくさん収穫。アチラという濃い茶色の小さい種とラグリマ・デ・マリア(=マリアの涙)と呼ばれる数珠玉の種。これはアクセサリー作りの大事な材料となるのです!

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 種採りのミッションを与えたら、お子たちも喜んで手伝ってくれた♡

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 そして、家までの帰り道。。。

 横の池見たら、普通に野生のカピバラがのほほーんと水浴びしている。

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 あぁ、のどかな週末だなぁ。。。

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「サルが助けてくれた」アマゾンの遭難者が告白
(ナショナルジオグラフィック日本版の記事)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/032700111/


   ↑↑ ↑↑ ↑↑ 
 すごい、早くも日本版National Geographicで和訳されて記事になってる!

 しかも、私が知るよりも早く、この記事をyahooニュースで見つけた日本の父からLINEで「ボリビアの話、ルレの話だよ。これ有名な話?」とリンクが貼られてきた。


 これ、有名な話、どころか、実は私の職場で先月起きた話でして。


 ブログに書こうかどうか迷いつつ、でも話せばあまりに長い話になってしまうし、、、と思っていたら、3月23日付でナショナルジオグラフィック誌US版に英語記事が出て、それがさっそく日本版にも和訳されていたらしい。ありがたい。



 そんなわけで、事の詳細は省きながらかいつまんで書くことにする。


 平日午後に私が仕事しているMax Adventuresというジャングルツアー会社で、事件は、2月半ばに起きた。


 ひとりのチリ人の旅行者が、ルレナバケから出発しマディディ国立公園内のジャングルをトレッキングする二泊三日のツアーに参加した初日の夜、ジャングルの宿泊地であるツリーハウスから突如姿を消したのだった。

 いゃ〜、こりゃ事件だ、事件。ルレナバケから始まるジャングル舞台の大サスペンス!


 さて。

 ここから先の物語は、巧いこと事件のあらましをまとめてくれているナショナルジオグラフィック紙のリンク記事を是非ともお読みください。(まさかのタイミングでマディディ国立公園の取材に来ていたため、旅行者がジャングルで行方不明になった情報を知ってすぐにも現地に向かい捜索活動に同行して当記事を書くに至った若い米国人女性ライターのエリザベスさん、グッジョブ!)


「サルが助けてくれた」アマゾンの遭難者が告白
(ナショナルジオグラフィック日本版の記事)
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/032700111/



 とまぁ、事件が解決して少し時間の経った今だから私もネタとしてこうして多少ふざけて書けちゃうけど、突然いなくなった旅人さんの消息が9日間も分からなかった最中は、当然ながらもう会社中が緊張感に包まれていて、軽口たたける余裕なんてさらさらなかった。


 旅行者失踪が発覚してすぐ、一帯のジャングルを熟知する現地ツアーガイドと国立公園のレンジャーたちで組んだ25人ほどの捜索チームによる捜索活動が連日一昼夜続けられた。

 そしてその捜索チームに届けるための食料や物資調達に駆け回ったり、マディディ国立公園のレンジャー隊や観光局、さらには現地の警察、軍、ラパスのチリ領事館へ次々と報告、各所へ提出する公的レポート作成などの事務処理に追われたり、もちろんチリに住む家族へも連絡し急遽現地まで来られるよう手配したり、、、と、ルレナバケのオフィスを担う私たち裏方の仕事もなかなかハードだったわけで、

 「明日こそは見つかりますように・・」と毎日祈りながら、

 「でもこのまま行方が分からない日がいつまでも続いたら、一体どうなるんだろう?」という不安と葛藤しながらとにかく慌ただしく過ごした。


 ジャングルは木の実や葉に溜まる水分など自然の恵みに溢れているので、そう簡単に飢えることはないけれども、野生動物や虫、毒ヘビ、淡水エイなどの攻撃の対象になる危険も山ほどある。時間が経てば経つほど、危険に遭う可能性が増えるのはもちろんのこと、遭難した当人の体力だけでなく生き延びようとする精神力も落ちてくるので、生存率は確実に低くなってくる、とレンジャー隊のボスが言っていた。


 日夜続けられる捜索活動に加えて、ガイドたちの提案で、地元でよく知られるシャーマン夫婦にも力を貸してもらうことになった。ジャングルをよく知る人たちはもともと自然の力だったり、怖さだったりに対する信仰心が厚く、また、そんな自然の樹木に宿る精霊とも会話ができるというシャーマンの能力にも深く敬意を払っており、その辺りのことにもナショナルジオグラフィックの記事では焦点を当てている。


 そんな不安な日々に終止符が打たれたのは2月最終日。

 ちょうどカーニバルの最中だったので、みんな喜びが相まって、捜索チームのガイドたちとオフィスの仲間たちとジャングルから生還したチリ人とその家族たちとみんなで、大、大、大フィエスタで盛り上がって、めでたし、めでたし。


 下の写真は、捜索活動に関わっていたMax Adventuresのジャングルツアーガイドたちと遭難してたマイコルとその家族。

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 こちらは、ルレナバケからボートで3時間のマディディ国立公園内Max Adventuresキャンプサイト入り口。

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 2017年、あけましておめでとうございます。
 

 南半球のボリビア・アマゾンでは、お正月も30度超えの真夏日です。

 年末は、スペイン在住の友人が赤ちゃん連れで泊まりに来たり、タツキの卒園イベントがあったり、サンタクルスからお子たちのおばあちゃん(ウゴのママ、写真左から二人目)が遊びに来たり、ラパスの日本人会からベニ県の日系社会についての調査団が来たり、クリスマスはルレナバケからブラジル方面へ5時間ほど行ったパンパス湿原の小さな集落(ウゴのお姉ちゃん=写真左、が住んでる)を訪れて動物と戯れたり、家族や友人と過ごす遊びや愉しみが充実した時間をたっぷり賑やかに過ごせたおサル一家。年越し・元旦はルレナバケの町で一家4人のんびり過ごし、年始2日目からラ・カンビータの店も晴れて営業開始です。


 今年は酉年。どうか地球上のすべての人がより笑顔でより自由に飛び羽ばたける一年となりますように。

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 最近、ルレナバケの町の象徴であるベニ河上流域(アマゾン河源流のひとつ)の自然と私たちの暮らしを脅かすとても穏やかではない話が国レベルで持ち上がっていて、私たちをざわつかせている。


 アマゾン河の源流のひとつであるベニ河、その上流のトゥイチ河に発電用の巨大ダムを建設しようという提案は1950年代に初めて発表されたという。それからこれまで何度となく計画について話がありながらも、費用面からも技術面からも環境面からもあまりに規模とリスクが大きすぎるプロジェクトなので、幸い提案が実現化せずにその都度流れてきたらしい。


 21世紀の今、そんな巨大ダム建設はすでに世界各地で恩恵を上回るたくさんの損害を証明していて、これから新たに造ろうという動きは時代遅れですらあると思う。が、よりによって、土着信仰でパチャママ(母なる大地)を敬ってきたはずのエボ大統領が、先住民の文化とアイデンティティーへの尊厳を説いてきたはずのエボ大統領が、地球上でも貴重なこのアマゾンの熱帯大雨林とその自然とともに暮らす少数先住民の集落を浸水させ消滅させることになる巨大ダム建設着工に向けて、着々と話を進めているという。しかも、影響を受ける周辺の地元住民にその是非を問うていないどころか、国の計画やリスクをまともに説明することすらせず。


 他国からとてつもない額の借金をして、かけがえのない大自然を壊そうとする。そしてその大自然とともに生きる住民の暮らしを脅かそうとする。さらに、発電用というけれども、それだけ大きな投資をして、果たしてその電力需要があるのか、利益が出るのか、元がとれるのかさえも怪しいという。


 こういうとき、ボリビアの都市部や高山地帯では道路封鎖やデモやストライキがお得意なのだけど、豊かな自然環境に囲まれ、自然や天候に身をまかせて生きてきたアマゾン少数先住民の子孫たちは元来とても穏やかで寛容な性格で、来るもの拒まずなんでも傍観して受け入れてしまうところがある。だからこそ、私みたいな移民たちも暮らしやすいわけだけど。。。このまま傍観していたら、本当にこのアマゾンの大自然が、大自然に恵まれたアマゾン民の平和な暮らしが、一部の人たちの利欲のために壊されてしまう。


 そんなもんで、こりゃなんとかしなきゃと、ようやく危機意識を持った一部の地元住民を中心に「ボリビア・アマゾンの自然を守る市民グループ」なるものが立ち上がり、私も微力ながら、大統領へダム建設計画中止を求める請願書の署名集めや活動資金を集めるためのイベントや地元の人たちへの情報提供の活動に参加している。来年には、ルレナバケ上流ジャングルが舞台の実話に基づいた映画『ジャングル』が公開されるし、「ジャングルの自然を守ろう」という世論で国の政策を変えられたら、、、と心から願う。


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 写真↑は、第二ダム建設が予定されているベニ河のエル・バラ渓谷。ルレナバケからモーターボートで上流に約一時間の場所で、ここからマディディ国立公園が広がっている。マディディ公園はボリビア・アマゾンの中でも特別保護区に指定されているジャングルエリアで、1100種以上の野鳥、約200種の哺乳類、約300種の魚類、約12,000種の植物が集合する世界一多様性豊かな熱帯雨林。(第一ダム建設予定地はさらに上流のエル・チェペテ渓谷。)


 1981年、22歳だったイスラエル人のヨシ・ジンスバーグは、ボリビアに10年住む自称地理学者のオーストリア人カールのガイドのもと、旅先で知り合ったアメリカ人のケビン、スイス人のマルクスとともにボリビア・アマゾンの未開の地ジャングルへ知られざる砂金の採掘地を求めて探検の旅へと出かけた。

 が、予定通りに目指していた先住民集落にたどり着くことができず、厳しい環境のジャングルで彷徨ううちに4人の人間関係がギクシャクしてくる。そして、カールとマルクスはもと来た道を歩いて戻ることを決め、一方ヨシとケビンはカールに危険だと聞かされながらも筏でトゥイチ河(アマゾン河源流のひとつ)を下ってルレナバケまで向かうことを決心し、そこでグループは決別した。その後、ヨシとケビンは筏に乗って河を下っていくが、ケビンが陸に上がった一瞬の隙に筏が岩から離れ、筏に乗ったヨシは一人滝を落ちさらに急流へと流されて行き・・・


 そこからヨシがジャングルをたった一人でサバイバルし生還するまでの物語が続き、最終的に三週間ジャングルを一人で生き抜いた後、先に現地の猟師に奇跡的に発見され助けられていたケビンの友の命を想う強い信念と行動力によって、これまた奇跡的に発見され救助された。(ちなみに、この時ヨシを救助に大きく貢献したティコ・トゥデラ氏は、その後ルレナバケにて最初のジャングルツアー会社を開業する。現在、70歳前くらい。)



 こうして無事に奇跡の生還を遂げたヨシは、その後自分の体験を本にして出版。その生還ストーリーはイスラエルを初めとして世界中の旅人を魅了し、時を置かずしてジャングルへの出発地点としてルレナバケの町には世界中からバッグパッカーが訪れるようになり、そして、今では、ジャングル(熱帯雨林)とパンパス(熱帯湿原)へのツアーをオファーする現地の旅行会社やレストラン、ホテルなどの観光業が町の主要産業となっている。(もちろん、私ら一家の経営する民芸品屋も一役買っていますとも!)


 そんな、ルレナバケのエコツーリズムの開拓者とも言えるヨシ・ジンスバーグ、今ではオーストラリアに住んでいて、ジャングルのサバイバル体験を通じてビジネスセオリーなどを築き上げ各地で講演活動などを行っているという。その彼が、先日、ルレナバケにやってきた。ヨシが遭難したジャングルに近いルレナバケに住む者にとって、容易にその様子を目に浮かばせることができるジャングルの描写や、そこで一人でサバイバルするストーリーを、まるで自分の身に起きているかのように希望を持ったり絶望したりしながら読み進み、主人公である彼に勝手に親近感を抱いちゃっていた私。彼のウェルカムイベントに物見高く会いに行ったら、とってもノリよく気さくに色々なお話をしてくれた。


 彼は、「自分がジャングルを生き抜いたことによって、またその体験を本にしたことによって、図らずもルレナバケはジャングルの出発地点として観光業を発展させることとなった。そして、エコツーリズムは、町に収入源を与えるだけでなく、ジャングルの森林伐採や狩猟を控えさせ、環境保護にも繋がっている、そのことに貢献できたことがとても嬉しい」と言っていた。


 そうなのだ。エコツーリズムは、アマゾンの自然を守るための最後の砦となり得る。このアマゾン河の源流にダムを造ったり、石油開発をしたり、コカ栽培を推進したりしようとしている現政府に、是非とも聞いて知ってもらいたい。



 来年初め、ヨシ・ジンスバーグのジャングル生還ストーリーをもとにした映画『Jungle』が公開される。カール役はケビン・コスナー、そしてヨシ役にはハリーポッターのダニエル・ラドクリフが演じているという。残念ながら、撮影はボリビアのアマゾンではなく、オーストラリアとコロンビアで行われたそうだけど、どんな風に映像化されているのか、見るのがとっても楽しみだ。


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(浮かれて、一緒に撮ってもらった写真。真ん中がヨシ・ジンスバーグ、右は私の親友かつジャングル旅行会社のオーナーでもあるチェコ出身のテレサ。)


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(こちらは、ヨシを囲む町の役場の面子。ヨシの右隣が今のルレナバケの町長で、そのまた右隣が、35年前にヨシを救助した猟師のティコ・トゥデラ。)

 ボリビアのアマゾンの町に帰ってきて、家にも店にもWiFi環境がないのを言い訳にブログを更新しないまま、気づけば2ヶ月。。。


 その間、日本の友人が初めてアマゾンの我が家まで遊びに来てくれたり、息子たちが5歳と2歳の誕生日を迎えたり、家族でジャングル行ったり、私よりも年老いた我が家のプジョートラックを売って同額の中古バイクを買ったり、泣き虫長男がサッカー教室に通いだしたり、パパのサッカーリーグも始まったり、兄大好き次男がそろそろ保育園に通いだそうとしていたり、日本に通訳出張のオファーをもらったけどお子たちと離れるのが寂しいから勇気を出して断ってみたり、隣の国ではオリンピックが始まったり。


 毎日いろいろありすぎて、でも全然ブログを更新してなさすぎて、今さら何を書こう?と迷ってしまったり。とりあえず、今日はお店のことを書いてみるかな。




 年一番の売り上げ期である7月初め、半年間ほど販売スタッフとして手伝ってくれていた子が個人の事情で町を離れることになったため、急遽新しいスタッフを探す段取りとなってしまった。うちのような小さな店であっても、相性の合うスタッフを見つけることはそう簡単でない。


 高校出たての若い子は、まだ進路について決めかねているケースが多く短期バイトになってしまいがちで(今回辞めていった子がまさにそう)、ようやく色々覚えて慣れてきたと思ったら、辞めていってしまったりする。


 あんまりオバちゃんだと、もう頑固になってしまっていて、なかなか臨機応変に動けなかったり、いろいろ新しいことを覚えられなかったり、でも変にプライドが高かったりするから、こちらが妙に接し方に気を使ってしまう。


 よって、アラサーぐらいの人が私としてはちょうど付き合いやすいし、長く働いてもらえる可能性も感じるのだけれど、その年頃は子育ても忙しかったりして、、、私としては子育て中のママさんはもちろん応援したいし、子連れでお店に働きに来てもらっても全然構わないのだけれど、とは言え、3歳以下の子を見ながらの接客は私自身が苦労してきているので正直あんまりお勧めはできない。なんといっても、天使からモンスター化する魔のイヤイヤ期のお子たちは、狭いお店を抜け出していろんなところに歩いていきたいし、ママがダメって言う物なんでも触ってみたいし、ママが他の人と話していたら焼きもち妬いちゃうし、っていうなかなか手強いお年頃だからね。。。


 というわけで、二週間ほどかけて何人か知り合いの知り合い的な人たちを面接してみて、今回新しくスタッフ仲間になってもらうことになったのは、もともとうちの店に商品を卸してくれている作り手さんの一人のエリザベス(年齢=アラサー)。

 タカナ族の集落出身で、彼女の親戚もみんな雑貨の作り手さんたちだったりする。彼女は別の集落の同じくタカナ族出身の彼と結婚し(彼女の結婚式で、私はウェディングケーキのマドリーナ=贈呈者?だった)、今ではルレナバケの町に住んでおり、彼の方も木のお皿などを彫ってくれている作り手さんの一人だ。そんなもんで、彼女とはもう長い付き合いだし、パートナーや3人の子ども(13歳、11歳、5歳)のこともよく知っているので、スタッフに求める一番大事なもの=信頼関係がすでにあるという点で付き合いやすいし安心してお店を任せられる。接客とかお金の管理とかについてはこれから徐々に慣れていってもらう必要があるけど、作り手さんだからこそ商品の素材や製作過程などについてはすでに知識があるというのはポイントが高い。


 それに、作り手さんたちの立場と販売担当する立場では商品の品質管理やデザイン性、価格設定など、いろいろなところで意識のギャップがあることに悩むこともあるので、こうして作り手さんやその家族に直接お客さんと接してもらい販売に関わってもらうというのは案外グッドアイデアで、なんで今まで思いつかなかったのだろう!というくらい。

 

 というわけで、ラ・カンビータの新しいスタッフ仲間を改めてご紹介♪

 ベジャ・アルトゥーラ集落出身のエリザベス。人見知りするけど、仲良くなるとよく喋る素敵なお母さんです♡

 
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 ちなみに手に持っているのは、彼女が作るヤシの枝のランチョンマットと、パートナーのルシアノが作るジャングルの木片を彫ったサラダボール。

 私がボリビアに来て半年目くらいに都市部で市民グループの暴動が勃発して、当時の白人大統領は国外へと亡命した。そして、もともと地方のコカ農民だったエボ氏が社会主義政党を率いて先住民族初の大統領に選挙で民主的に選ばれたのは2005年末のこと。それからこれまで、支持率は初選から比べて落ちているとは言えすでに三選していて、順調にいけば2020年始めまで任期がある。

 そんなエボ氏と副大統領はトップの座への執着心を見せることをはばからず、彼らの四期目を可能にするためにわざわざ改憲をしようではないかの賛否を問うた国民投票が先々週の日曜日にボリビア全国で行われた。

 結果は、超ギリギリ51%でNOが上回り、ほかにボリビア的サプライズが起こらなければ次の選挙ではついにエボ氏はリーダーの座を他の誰かに譲らなければならないことになる。


 外国人の私には国民投票の投票権はなかったので傍観者でしかいられなかったのだけれど、正直、この結果にほっとした。


 たとえ歴史的に見て幅広い国民層から一番支持率の高い人物だったとしても、独裁政治はよろしくない。一部のトップが長らく権力を持ってしまうと、どうしても傲慢になってくるし、国内に利潤の偏りもでてくるし、身内で幹部を固めて気に食わない民族や社会グループを冷遇したり、国政に都合のいい方向に情報操作して世論に影響を与えたり、いろいろと政治や社会組織が腐敗してくる恐れがありすぎる。エボ政権も二期目くらいからすでにその兆候が見られているというのに、これ以上同じトップが続くのは絶対に危険だ。


 それでもまだ約半数の国民がエボ氏の続投を願ったわけだから、やっぱりここ10年のボリビアにおいてエボ氏の存在感は大きく、次のリーダー探しは容易じゃないと思う。エボ氏くらいカリスマ性があって、36民族が共生する多民族国家を上手にまとめられる人物でなければこの混沌とするボリビア国政の大統領は務まらないだろう。次の選挙までの4年間に、エボ氏は社会主義の後継者を育てられるのか、それとも国民にオルタナティブな政策を納得させられる新たなリーダーが野党から現れるのか。不安と期待が入り交じる今後のボリビア。。。
 今年はカーニバルの時期が早く(カーニバルは2月〜3月のどこかの一週間で毎年日程が違う)、ルレナバケのお祭りウィークと合わさったので、なんだかもう体力とかお財布事情とかいろいろとギリギリなんだけど、それでもみんなやっぱり全力でカーニバルを楽しむ。土曜日から始まって、町の中のアチラコチラで、年齢を問わず子どもからオバちゃんまでがピエロやらなんやら仮装して、飲んで踊って、水かけ合ってはしゃぐ。一番の盛り上がりは火曜日のチャジャ(住居やら商売やら派手に飾り付けして、お酒やコカの葉やリャマのミイラなどのお供え物を燃やして繁栄を祈るセレモニー)を各家庭や商売処で行った流れで、あとはひたすら家族やら友人やら商売仲間やらご近所さんらと飲んで踊って水かけ合って遊び倒すことになる。


 ↓La Cambitaの店先で道行く人たちと水や泡掛けあって遊ぶ、Super BabyとSpider Boy。

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 ↓こんな感じで町を踊り歩くグループがいくつもある。

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 ↓エボ氏発見!(ボリビア現大統領エボ氏のお面をしたピエロ)

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 ↓色のついた水を掛け合って集団で町を歩き回る子どもゲリラたち。色付きの水風船投げられたら痛いし面倒くさいので、刺激しないように遠目に。。。

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 さて。長かったお祭りウィークがよーーうやく終わって体力もお金も尽きたところで、そろそろみなさん、仕事しようか。


 今年はエルニーニョ現象の影響か雨季のはずなのに全然雨が降らず、日中は40℃超え夜も気温があまり下がらずみんなを唸らせてきた熱帯の日々が、ルレナバケのお祭りの前前夜祭から途端に崩れて町のみんなが待ちに待っていたお祭りウィークは連日あいにくの雨となった。


 それでもみんなは踊る。楽しむ。笑い合う。どんな状況下でもお祭りを本気で全力で楽しむのがボリビア流。(戦争中も、カーニバルだといって戦争より踊りと祭りに熱中していたから隣国に負けて海に面する領土を全部失った、というのはボリビア人がよく口にするネタ。)ボリビア人が祭りを全力で楽しむ姿勢をポジティブに見習って、雨が降ったりやんだりする中、ラ・カンビータも町の広場で2日間屋台を出店して奮闘した。


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 あいにくのお天気で売上そのものはイマイチだったけど、最近お店にいる時間が短い分、お祭りで出店するのは地元の人たちに顔見せできるいい機会だし、ほかの出店者さんたちと交流するいい機会にもなる。


 交流と言えば、うちのお隣ブースはカカオの生産者さんたちで、カカオの苗や実、それにカカオの豆からつくるチョコレートのペースト(このペーストを粉状におろして、熱湯で煮て、砂糖とミルクを混ぜて、ホットチョコレートとして飲む。食べる用に加工する技術はない)を販売していた。


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 「普段はどこでどういう形で生産物を売ってるの?」と聞くと、周辺のいくつかの集落の生産者さんたちがそれぞれ収穫するカカオの豆をセンターとなる施設で集めてから、ラパスに本部があるエル・セイボというカカオ生産者団体などに豆のまま卸しているらしい。エル・セイボは、日本でもピープル・ツリーというフェアトレード会社などが商品を扱っていて認知度の高い生産者団体だ。ラパスよりさらに標高の高いエル・アルトという町に工場を持っていて、そこで食べるチョコレートに加工して国内外の市場に売り出している。


 オジサンにカカオの木の育て方を教えてもらったので、カカオとコポアス(カカオに似たフルーツ)とアサイ(ヤシの木の一種)の苗を購入。さっそく、次の週末におサル一家のアマゾン畑に植えてみよう☆

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 ご縁があって、日本のとある高校の先生から三年ごとにご連絡をいただく。


 担任している高校3年生のクラスの生徒さんたちに受験前にプレゼントをしたい、ということで、いつも生徒さんの数だけ、ヤシの葉で編んだふくろうストラップをご注文いただくのだ。高校三年間の成長を見守ってきた先生から巣立っていく生徒さんたちへの心のこもった贈り物にボリビア・アマゾンの手づくりの品を選んでいただけることがとっても嬉しくって心がホンワカする。


 受験を控え、社会への巣立ちを目前にした生徒のみなさんに、幸運を祈る先生の気持ちとともにアマゾンの香りがするフクロウの福が届きますように。と、私もアマゾンの町から想いを馳せる。


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 2016年度もラ・カンビータをどうぞよろしくお願いいたします♪


        ☆          ☆          ☆


 ところで、旅人さんたちのオンライン口コミサイト、トリップアドバイザーにラ・カンビータ店@ルレナバケを掲載してもらいました。ルレナバケの現地店に足を運ばれたことがある方は、よろしければ口コミコメントしてくださいマセ!

トリップアドバイザー:南米›ボリビア›ベニ県›ルレナバケ›ルレナバケ 観光› La Cambita

 次男の出産後、どうも体力が落ちている母ザル。11月にツアー会社でのバイトを始めてから、家事・育児・自営業・バイトの兼ね合いにまだ慣れていなかったり、それでも欲張って毎週末のように精力的に家族でジャングル散策に遊びに出かけたりしていた結果、長引く風邪がようやく回復した〜と思った頃に、突然の激しい関節痛・発熱・汗疹・・・これってデング熱? いやでも、デング熱はもう10年以上も前に罹ったことがあって免疫があるはずやし。。。と思いきや、なんと、コレだったらしい↓

 https://ja.wikipedia.org/wiki/チクングニア熱


 チクングニア熱。デング熱と類似の症状の、この辺りで最近大流行中の伝染病。ルレナバケではあっちの家でもこっちの家でも、つぎつぎと関節痛の症状を訴える人が続出のこの頃。私も思いっきりその流行の波に乗ってしまっていたらしい。


 いや、ホンマ。たいして深刻な病気でないのが幸いだったけれども。


 これまた蚊かい!と文句のひとつも言いたくなる。なにしろデング熱もマラリアも黄熱病も、マイナーどころではマヤロ熱とかリーシュマニア症なんて風土病も、そしてこの度初めて耳にしましたよ、チクングニア熱。どれも、みーんな蚊の仕業なのだ。なんと恐るべし、蚊!


 改めて、実感。熱帯のアマゾンで何より恐ろしいのは、ワニでもヘビでもタランチュラでもサソリでもピラニアでもなくって、あのちっこいくせにウィーーーンとやけに耳障りで、素肌を見るとところかまわず針刺して血を吸い取って、オマケに痒みの毒を残していく、日本でも夏にお馴染みのアイツ! しかもデングやらチクングニアやらと言うウィルスまで運んでくるのだから、容赦ない。


 もう参りました。降参ですよ、蚊さんには。


 しかも、どう観察・分析してみても、絶対、家族内でも友人内でも、いつどこにいても私が一番刺される。はたして、在アマゾン歴12年になっても、アマゾン生まれの人間とは血の匂いかなんかに差が出るのか。



 というわけで、蚊とチクングニアと今まだつづく関節痛に悩まされながら、バタバタ迎える今年の年末。でもまぁ、我が家の病は全部母ザルが請け負っている分?子ザルたちはまったくの病気知らずなので、これもラッキーと考えよう☆


 今年最後のブログが思いっきりショーもない愚痴になってしまったけれども、世界中のみなさま、どうかお身体お大事に、くれぐれも蚊にはお気をつけて(←熱帯地域限定)、よいおとしをお過ごしください! そして、来年もおサル一家とラ・カンビータをどうぞよろしくお願いいたします♪


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 先月、次男がまぁ難なく卒乳に成功した。二人目の子って親の経験値も上がっているし、上の子という育ちの先輩が身近にいるし、親子ともまぁまぁ余裕があるかもしれない。


 だから、というわけではないけど、まぁ家で過ごす平凡なリズムに母子ともに少々退屈し始めていたところに、なかなかのいいタイミング&コンディションで新しいお仕事のオファー話があったので、いつものことながら流れに身を任せて(?)受けることにした。


 内容は、ルレナバケから行くジャングルツアーを専門に扱う現地ツアー会社で、接客・事務・ツアーコーディネートのお手伝い。


 午後だけという短時間勤務。なので、午前中にお店の仕事とか、家事とかする余裕がまだまだある。

 子ども2人連れOK、オフィスの奥に大きな子ども部屋あり。オーナー夫婦にも小さい子どもが3人いるから、お互いさま的な感じで、子どもの賑やかさやワガママさ等への理解がかなりある。

 オフィスはラ・カンビータの店から100メートル以内の近距離。なので、店から声がかかったら、軽くひとっ走りできちゃう。

 そして、会社のオーナーは何年も前からよく知る友人たち。私と同じくルレナバケの自然と人と暮らしに魅了されて住み着いたチェコ出身の女性と、お連れさんは地元出身のジャングルガイドという夫婦で、子どもたちの歳がうちと近いから、仕事しながら近くで遊ばせておけるし、仕事が暇なときには楽しくお茶(またはおビール)したり♪

 と、なにかとバッチシな職務先なのである。


 というわけで、この日曜日、さっそく会社が持つジャングルキャンプサイトに家族で見学&散策に行ってみた。


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 ルレナバケから、ベニ河(アマゾン河源流のひとつ)を上流に行くこと2時間半、マディディ国立公園の中に入っていく。と、そこには、お伽話に出てきそうな可愛らしいエコロッジが!小屋の真ん中に大きな樹が生えていたり、小屋の真下に小川が流れていたり。なんとも夢に溢れるツリーハウスたち。


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 ジャングルツアーのプログラムは、トレッキングしながらジャングルに生きる熱帯植物や野生動物、野鳥、昆虫の観察だったり、魚釣りだったり、伝統セレモニー体験だったり、自然の中でのリラックスした時間だったり。


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 日本からは世界半周してボリビアに来るまででも大変なのだけれど、ご興味ある方はぜひご連絡を! 喜んでツアーコーディネートいたします♪

ルレナバケのジャングルツアー会社
Max Adventure


 私がボリビアに来て2年目にご縁を得て家族となった愛犬のバルトが、つい先日その人生を終えた。享年11歳。


 私のこれまでのボリビア生活のほとんど全てを一緒に過ごしてくれたバルト。ありきたりな表現だけど、楽しい時も悲しい時もいつもそばにいてくれた。家を守ってくれていたのはもちろんのこと、お店でも愛想のいい看板犬だったし、ルレナバケの中どこに行くにも忠実についてきたし、頼りになるボディガードかつ心の友でもあった。お子たちが生まれてからは私との関係が少し遠くなってしまって寂しかっただろうに、突然現れて騒がしく環境を変えていったお子たちのこともいつもそばで優しく忍耐強く見守ってくれていた。


 11年間いつも当たり前のように近くにいたバルトがいなくなってしまった日常に慣れるまでには少し時間がかかりそうだけど、バルトが逝ってしまった日、思わず子どもたちの前で泣いてしまった私に、「ママ、泣かないで〜、頑張って〜」って泣き顔で励ましてくれるタツキがいて、泣いている私の顔をポンポン叩きながら笑いかけてくれるヒナトがいるから、大丈夫。


 バルト、今まで本当にありがとう。


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 ↑ココナッツの殻と木でアクセサリースタンドを作ってもらってみた。

 私が使うとこんな感じ。↓

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 あ、そうか。もう一工夫して、スマホ置きにしてみてもいいのかも? 私は、スマホ持ってないけど、ウフ☆


 なーんて、ひとりつぶやきながら、みんながシエスタ中にスローに新商品を考えてみたりする午後のひととき。
 (↓店の片隅でお昼寝するコザルたち)

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 うちの坊やたちが早いもんで先月4歳と1歳になった。


 4歳になった樹は、相変わらず泣き虫だけど、心も身体も健やかに育ってくれているし、混乱気味だったスペイン語と日本語もだんだんうまく使い分けられるようになってきていて(と言っても日本語話すのは私とだけ)、子どもの吸収力と柔軟性にはつくづく感心させられる。


 1歳ホヤホヤの陽は、相変わらずニコニコ愛想抜群のチビッコだけど、すでに歩くのはお手の物、階段やベッドの昇り降りもさらりと出来るようになり、小さい身体でチョコマカと器用に動き回って、早くも天使の顔したモンスター化している。


 毎日、知恵や知識や言葉や技が増えていく。そんなお子たちの目を見張る成長ぶりを見逃さずにいたい、日々の小さな発見をお子たちと一緒に喜びあっていきたい。この子たちの子ども時代は今だけなのだから、貴重な今という瞬間はできるだけ一緒にいよう。


 ・・・と思ったので、二年ほど携わっていた旅行会社のバイトを昨年末で辞めてみた。そして、バイト代が減ってちょっと家計は寂しくなったけど、今年はママ業と、こちらも我が子のような存在である開店10年目のラ・カンビータ店の活動に絞って時間をかけることにした。


 とか言いつつも、お店の方も改めて向き合うとそりゃもう課題はいっくらでも出てくるし、お声がかかるといろんな仕事やお誘いも勢いでホイホイ受けてしまう性格なので、結局のところ私の都合でアチコチお子たちを連れ回していたりもするのだけれど♪


 そんなわけで、30代半ばの母は、二度目の産後の体調不良に老いなるものを切実に感じつつも、メンタル面では以前より焦ることが減って、気持ちに余裕が出てきた気がする。


 樹と陽、そして私。アマゾンの太陽と樹木のエネルギーを受けて、今日もみんな元気です☆

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 突然ですが、お店を引っ越しました!


 と言っても、これまであった店舗のお隣りさんに移動しただけなんですが。



 今だから言えちゃうことですが、じつは以前の店舗は屋根の梁に貼った簾の上がネズミの絶好の生息地となっていて、恐ろしや、夜な夜な天井から一家どもが降りてきては木の実やヤシの葉など自然物に溢れた店内でネズミパーティーが行われていたのです。


 ネズミさんたちには申し訳ないけども、彼らとの共同生活は私ら人間にとっては不衛生だし、木の実アクセサリーやヤシの葉商品をつぎつぎダメにされてはお店としても黙って見過ごすわけにはいかないので、いろいろ対策を練ってみるも向こうの方が何枚もウワテで効果なく、こりゃなんとかならんもんかと頭を悩ましていたところ、たまたまお隣さんの店舗が空き、そちらの方が広さは一回り小さいけれども壁と天井が石膏で閉じられているので夜ネズミさんに入ってこられる隙間がなく、お隣に引っ越しするなら閑散期の今だ!ということで、大家さんに相談して店舗の交換OKもらった翌日からさっそく新店舗の壁塗りやら内装のDIYを相方とはじめ、その勢いで商品を一挙に移動して並べ、店を休業することなくダダダーっと約一週間で引っ越しを終えました。


 子どもができてからというものどうしてもフットワークが重くなりがちなのだけれど、思い立ったが吉日、今回は我ながら決断も実行もアッパレな素早さだったと達成感にひたり、お店の模様替えで気分もリフレッシュし、さて、そろそろ旅支度をせねば!


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 今週の日曜日、県知事と市長と市会議員などの地方のリーダーたちを決める統一選挙がボリビア全国で行われる。


 ボリビアでは投票は国民の権利であるだけではなく義務であり、投票日前日から国内移動は禁止、お酒の販売も禁止、当日は市場も交通機関も公私とも全面営業禁止となり、また投票日の後3ヶ月は銀行や交通機関でその投票証明書(または投票しなかった理由を後日報告した証明書)の提示を求められたりするので、とにかくやむを得ない場合(出張中とか健康上の問題とか)以外は基本的に18歳以上の国民はみんな投票に行くように制度として徹底的に仕組まれている。日本もそれくらい思い切って規制して投票率を上げたら多少は政治がリアルなものになって、政治を担う人たちも国民の声を汲むことにもっと必死になるのではないカシラ?



 そんなもんで、このところルレナバケでも地方選挙に向けてそれぞれの政党カラーの旗を掲げた選挙キャンペーンが盛大に繰り広げられている。一般市民が選挙に関心高いのは素晴らしいと思うのだけど、どうも政策に注目するというより、目の前にぶら下げられる金目のものに目を眩ませている節があり、、、ここぞとばかりに物品だったりさらには土地だったりを贈与したりして票を約束させる買収行為が、それはちょっと節操がなさすぎでは?というほどあからさまに公然と飛び交うのは、驚くというよりもう呆れはててしまうレベルだ。中には、青いTシャツ着て(社会主義政党カラー)緑のキーホルダーを持ちながら(民主党カラー)家にはピンクの旗(国民革命党カラー)をなびかせているような有権者もいて、こっちでの言い回しを使うならまさに「Sin verguenza(=恥知らず)」なもの。。。


 さて、ボリビア永住権を持つ外国人である私にも地方選挙にかぎって投票権があるのだけれど、前回(5年前)の選挙時には日本に一時帰国していたため投票の機会を逃し、今回が初めての投票となる。しかも今回、抽選で決められる投票立会人にウゴ氏が当たってしまい、なんだか私までちょっと楽しみ。。。



 日本も来月は地方統一選挙。私にはたまたま各地方で議員さんをやっている友人たちが何人もいて、選挙活動を頑張っている様子がFacebookなどで伝わってくるけど、一般的には日本ではなぜか政治ネタってタブーな風潮が否めない。政治が生活から果てしなく遠い日本と、小汚い政治が生活レベルまで蔓延するボリビア。うーん、どっちもどっち?
 うっかり、うっかり。

 気がついたら、2015年初めての投稿が2月もすでに二週目という・・・相変わらずの非マメな私。まぁ、今年も気負わずマイペースにボチボチ書こうっと。



 さて、1月、2月といえば、南半球は夏。そして、ボリビアは雨季。

 去年のまさに今頃は、前代未聞の大洪水に襲われ、悲しい思い、大変な苦労をしたルレナバケの町の人々だったけれど、今年は幸い雨が少なく、今のところ町は平安な様子だ。


 去年は洪水真っ最中だったためそれどころではなく中止となってしまった2月2日の町の記念日のお祭りも、今年は無事に開催され、去年の分まで役所も住民も大はりきりで祭りを盛り上げ、前後一週間は伝統ダンスのパレードから、ミス・コンテスト、闘牛(スペインのようなエレガントなものではなく、地元の酔っぱらいの人たちが勝手に入って牛と闘う)、弓矢コンテスト、闘鶏、筏レース、バイクレース、乗馬レース、町対抗サッカーリーグ、夜の打ち上げ花火、etc.と連日イベントが盛りだくさんとなった。


 私も踊りパレードに参加したかったのだけれど、まださすがに乳飲み子連れては練習も本番も参加が厳しいので、今年はラ・カンビータ店の屋台をプラザで出店する形で参加することに。


 ちょくちょく雨が危ぶまれたのだけれど、なんとか降られることなく、蒸しあっつーーい中、一日中屋台でお祭りムードを満喫できた。何が嬉しかったって、町中に溢れるみんなの笑顔・笑顔・笑顔! 去年はホンマに大変やったもんねぇ・・・と思わずしみじみ振り返る。まだまだこの一年で復旧作業が終わったとは言えないし、また今年も河が氾濫したらどうしよう、って雨が降るたびにドキドキするけど、とにかく、お祭り精神に溢れる住民たちと一緒に今年は去年の分までお祭りを楽しめたことが、なんだかとっても嬉しく感じられたのだった。


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 ルレナバケから車で約6時間のパンパス湿原地帯にある集落で学校の先生をするお義姉さんのお誘いで、今年のクリスマスはインターネットも携帯電話も繋がらない、どころか、電気も通っていない田舎でのんびり休日を過ごすことにした。

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 とにかく、四方八方緑いっぱい。牛、馬、豚、ニワトリがそこらじゅうを自由に歩いている、なんとものどかな風景。朝は牛から生乳を絞り、畑でキャッサバやスイカを採ってきて、薪を拾ってきて火をおこし、パンをこねたら石窯で焼き、野放しにされたニワトリを捕まえて捌き、河で釣ったピラニアを調理し、池で沐浴と洗濯を一度に済ませ、etc.etc.という自然との繋がりを肌で感じられる生活を一週間楽しみ、そんな環境の変化にもすぐ順応する子どもたちを見ては心が和み、なんだか身体も心もかなりリフレッシュできて、新しい一年を明るい気持ちで迎えられそうだ。


 みなさま、よいお年を!

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 年末が近づいてきた今月初め、ラパスに住むデンマーク人のお客さまを通じて、クリスマスツリーにも飾れるヤシの葉で編んだ天使オーナメントの発注を受けた。その数、なんと5000羽。しかも、クリスマス前までにデンマークに届かないといけないという事情から、納期はたったの二週間。二週間で5000羽の天使!


 なにかと物入りな年末にまとまった現金収入となる大きな注文を受けることはつくり手さんたちにとってももちろんありがたい話にゃ違いないけど、なにしろノンビリ気質なセニョーラたち(つくり手のオバちゃんたち)を長年知る私にはそんな短期間にそんなたくさんの商品がつくれるとは思えなかったので、「ご注文数に到達できる自信は正直全然ないんですけど、納期までに出来るかぎりの数の天使たちをお届けしたいと思います。う~ん、めざせ半分?」と弱気な返事で発注を受けた。


 そしてまずはルレナバケの町郊外に住む10人ほどのセニョーラたちを訪問。デザイン画を見せて、色や数などの相談をした。セニョーラたちも「5000?そりゃ無理でしょ〜」と同意見。でもとりあえず、みんな出来るだけたくさん作ってみる、とのことだった。

 次に町からバイクで一時間のヌエボス・オリゾンテス集落に住むセニョーラたちに発注。こちらは編める人が30人近くいるので、「みんなが朝から晩までひたすら編んだらなんとかなるよ、まかせて!」と、頼もしいお言葉☆


 さ〜て。最初の回収日に指定しておいた一週間が経ち、ふたりの子連れでセニョーラたちの家々に引き取りに行く大変さを察してくれたセニョーラたちが私の訪問を待たずして我が家まで直接天使のお届けに来てくれたのは大助かりだったのだけれど、次々と個別に訪れてくれるセニョーラたちがそれぞれつくった数を自分で把握しておらず納品数もバラバラで、その天使たちを一個ずつ数えては、その場で納品数の代金を精算する、というだけの作業が思いもかけず大変で。。。


 なにしろ、我が家には“ナンデモお手伝いしたい真っ盛り”の3歳児と“抱っこ依存症”ベイビーが!!


 とりあえず抱っこさえされていればニコニコ愛想振りまいてヌイグルミのように大人しく愛らしいベイビー(抱っこされないと全身ワナワナして号泣ベイビーと化す)は、私が天使数えたり精算したりしている間、セニョーラたちの膝から膝へとハシゴしてご満悦のようで、セーフ。ボランティア精神溢れる3歳児は、てんてこ舞いになっている私を助けるべく急遽アシスタントとして現れたパパと一緒に、精算済みの天使たちを奥の部屋へと運ぶ作業を誇らしげにお手伝い。


 さらに大変だったのは、みんなが朝から晩まで各家庭で家事や育児と奮闘しながら作ってくれたのだろう天使たちの完成度や大きさがマチマチで、天使の裾の部分や羽の部分が長すぎたり、バランスが悪かったりするものがたくさんあり、かと言って返品して仕上げ直してもらう時間はなかったで、結局私と相方で受け取った天使たちを一個ずつ検品して、「多少の違いにはそれぞれのつくり手さんの個性が出ているので、手づくりの味わいとして受け取ってください!」では済まされないと判断されたビミョーな出来の物をハサミでチョキチョキ仕上げ直すハメに。

 さすがにこのデリケートな作業は「ボクもする~」の3歳児がいるとややこしさ百倍なので、お子たちが寝静まった時間帯にリビングを占拠して、ひたすらチョキチョキチョキチョキ・・・。


 日中はまだまだ届く天使たちとセニョーラたちの対応に追われ、夜はチョキチョキ夜なべし、我が家は壁も棚も床もどこもかしこも10羽ずつ束ねられたカラフルな天使たちに覆い尽くされ、私は夢の中でまで天使を数え、そりゃもう寝ても覚めても家族みんなが天使づくしの数日を過ごした後、「目標半分!」なんて弱気なことを言っていた私の予想を覆し天使5000羽が見事に揃い、家族4人入れちゃいそうなごっつい段ボール箱をバイク屋さんで譲ってもらい、半日かけて梱包して、めでたく発送完了!


 こうして、怒涛のように我が家にやってきたアマゾン生まれのヤシの葉天使たちは、クリスマスにたくさんの人たちのもとに小さなハッピーをお届けすべく、ヤシの木なんてないだろう北欧デンマークへと旅立っていったのだった。


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 うちのおサルな相方ウゴのお話。


 ウゴはルレナバケを東に東にブラジル寄りに向かった熱帯大湿原のど真ん中にある小さな小さな集落に生まれた。集落からブラジル国境より延びる幹線道路までのアクセスは、乾季は馬や牛車、雨季は辺り一帯水で覆い尽くされてしまうので集落は孤島と化し、交通手段はカヌーのみだったという。まさにそんな閉塞した環境に由縁するのだろう集落の名前は、「カンダード(=スペイン語で「南京錠」)」といった。

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 その辺鄙きわまる集落出身の両親の下、ウゴは5番目の子どもとして生まれた。そして彼がまだ赤ちゃんだった頃、お父さんは狩りに行ったまま事故にあって還らぬ人となり、当時の住処の庭に埋葬されたらしい。


 その後のお母さんの苦労は計り知れないけれど、彼が8歳になった頃、すでに結婚していた一番上のお姉さん(当時18歳)の先導で一家は孤島の集落を離れることとなり、長い長い道のりを移動し、ルレナバケの町へと辿り着いたという。ウゴには父違いの下の弟妹があと3人いて、全部で8人キョウダイだけれど、ほかのみんなは今ではそれぞれ違った町で家族を持っていて、お母さんはサンタクルスという町に住んでいる。


 さてさて。最近になって、お姉さんのひとりが、もう身内が住んでいないカンダードからルレナバケにお父さんのお墓を移そうという相談を持ちかけてきた。いつかカンダードに帰るだろうと思って残してきたけど、もう誰も戻りそうにないし、あそこは遠すぎて誰もお花を供えにいくことすらできない。ルレナバケだったらウゴがいるし、おばあちゃんやおじさんたちも住んでいる。


 というわけで、お姉さん2人とお母さんとウゴで、じつに23年ぶりにカンダード集落へと向かうことになった。その遠征隊から強くお誘いを受け、私もウゴや家族が生まれ育ったその大自然に囲まれた土地にぜひとも行ってみたかったのだけれど、いつもは行き当たりばったりで大胆な行動を取っちゃう私もさすがにまだ生後4ヶ月の息子を連れてそこまで辺鄙な場所まで行く道のりの大変さに尻込みしたのと、じつはめっちゃ怖がりな私は、火葬ならまだしも土葬された遺体を掘り起こすなどというホラーすぎる場面に立ち会う度胸は到底持ち合わさないため、今回は息子たち2人と大人しくルレナバケでお留守番することにした。


 そうして、ルレナバケから往復16時間ほどの旅を終え、ほぼ土に還っていたという亡きお父さんの名残りは、ルレナバケの墓地に改めて埋葬されたのだった。


 11月1日はTodos Santos(=死者を祀る祝日)。家族でお父さんのお墓参りに行こうと思う。


 一年ほど前、青年協力隊の手工芸隊員としてラパスの手工芸専門学校で活動するマイコちゃんがルレナバケに遊びに来てくれた。雑貨づくりをする人たちと活動しながら、私自身は手工芸に関しては素人なもので、この機会にいろいろ教えてもらおうとお話をしているうちに、ヤシの葉の染色の話となった。


 カラフルに染められたヤシの葉の商品は、うちわや帽子、カゴ、コースター、小物入れ、アクセサリー、モビールなどたくさんあり、どれもラ・カンビータの定番商品だ。アマゾンの眩しい太陽、青い空、鮮やかな緑のもと、明るくカラフルな小物たちがよく映える。


 のだけれど、染料は残念ながら現地の自然からではなく、化学染料に頼っている。
 (↓写真は、ラ・カンビータつくり手さんたちによる染色過程)

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 そこをなんとか自然染料を使うように転換できないかと前々から思っていたので相談してみると、染色エキスパートの友人がいるから一緒に実験してみるとの嬉しいお答えをいただいた。


 私の妊娠〜出産などで話が延び延びになっていたのだけれど、最近になってつくり手さんたちにマイコちゃんを紹介する機会をつくれ、現在行っているヤシの葉の染色過程を見てもらい、実験用にヤシの葉の標本を持って帰ってもらって、、、



 結果。二週間ほどかけていろーんな工程で試行錯誤してもらったけども、ヤシの葉の繊維に自然染料では色がうまく浸透せず、成功ならず。。。うーん、残念! ・・・でもプロが苦労して無理だったからには、しょうがない。ヤシの葉の染色はこれまでの方法でつづけるしかなさそうだ。


 もし自然素材でのヤシの葉染色に成功していたら、マイコちゃんに先生になってもらい、つくり手さんたちを集めて講習会をしようと思っていたのだけど、そのプランはあえなく中止となり、その代わりに、マイコちゃんが絞り染めの講習会の提案をしてくれた。将来、絞り染めがラ・カンビータで商品化できるかどうかは分からないけど、知らない技術を教えてもらって損はない!

 というわけで、数名のセニョーラたち(つくり手の女性たち)を招いて、それぞれ着古した白地のTシャツやブラウス、ワンピースなどを持ち寄って、気温40度越えの暑い暑い午後のひととき、マイコちゃんの手ほどきを受けながら、みんなでワイワイ布を折ったり、結ったり、絞ったりして、それをまとめてお鍋に入れて、、、ハイ、完成♪

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 汚れた白地の服なんかはこうして染めたらまたかわいく着れちゃうね!とみんなも喜んでくれて、楽しい午後を過ごしたのだった。マイコちゃん、Muchas gracias!(ホンマにありがとう!)


 先週末、9月27日の世界観光DAYなるものにちなんで、ルレナバケの町ではさまざまなイベントが開かれた。筏のレース、マラソン、伝統ダンス、コンサート、郷土料理フェア、etc.


 そんなイベントの一環として町の広場で開かれた民芸品市に、私たちおサル一家のLa Cambita店も出店した。今年5月の伝統文化の日にも民芸品市が開かれたのだけど、そのときはちょうど臨月で大きすぎるお腹を抱えていて参加できなかったので、今回が久々のイベント出店となった。


 あいにく、父ザルはちょうど自宅の工事にかかりきりで(この話はまたいずれ・・)、お店のスタッフの女の子たちはひとりは臨月、もうひとりは子どもが病気だったため、みんなの手を借りることができず、二日間コザルたちを率いて私だけで屋台を回すハメとなったのだけど、そこはなんとか気合いで乗り越える。

 うちの元気な3歳のコザルは広場をほかの子どもたちと駆けまわって過ごし、0歳3ヶ月のベイビーザルは母ザルとともに屋台の店先で通りがかる人たちに愛想を振りまいて売上に貢献?してくれる。二日間ともメチャメチャ暑いなか、1日丸12時間ほど屋台におりっぱなしでさすがに体力的には疲れ果てたけど、そこそこ売上もあったし、何よりたくさんのお馴染みの顔ぶれや新しい顔ぶれに出会えた。2児を抱えて、しかも家事やツアー業のバイトもあるもんだから、最近はなかなか店に立つ時間が減っていたところ、こうした機会にお客さんと直接顔見て話ができるのはちょっと初心に戻る感じで新鮮でいい刺激にもなった。しかも、民芸品市を訪れる多くは地元民だ。地元のジャングルの素材をつかって、地元の人たちが手づくりした品を、地元の人が買って使ってくれる。そんな地元に生まれる繋がりの間に立てることが地味に嬉しい。


 そんなもんで、コザルたちに振り回されながらもやりたいことやる母ザルと、母ザルに振り回されながらもすくすく育つコザルたち@La Cambitaの屋台↓

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 今月初め、まだ定年前の多忙なジィジ(私の父)が仕事のアイマを縫って、大阪(実家)〜東京〜ワシントンDC〜ボゴタ(コロンビア)〜ラパス(ボリビア)〜ルレナバケ(我が家)という超ハードな旅程をこなして、はるばる2人の孫に会いにやってきてくれた。しかもルレナバケ滞在たった3泊のみという、時差ボケを治すヒマもないような駆け足のバケーション。さらには、ラパス〜ルレナバケ間のセスナ機のちょっとした?トラブルのせいで、標高4000メートルのラパスの空港でひとり7時間待ち。そんなときに限って、ルレナバケの町全体のネット回線が落ちていて連絡がつかず、ちょっと冷や汗。。。

 正直、私は父の半分の年齢の今ですらそんな短期間で世界半周往復をこなす気力はないし、ましてや還暦越えてそんな無茶できる自信はさらさらない。って、こんな辺鄙なところに住み着いて足を運ばせてしまった私が言うのもなんですけど。申し訳ないけど、ありがたい。ありがたいけど、申し訳ない。。。

 南半球は春が始まったばかりだというのに、毎日、気温が体温を超える猛暑のうえ、我が家にはクーラーがない。(町でクーラーがあるのは、銀行などのオフィスのみ。)そんななか、ジィジは朝から晩まで「暑い、暑い」を連発しながらちょっとでも涼しいところを探してそこらをうろつき、気の毒なくらい汗をかき、娘の肌の黒さにもようやく納得してくれたようで。

 フフフ、Welcome to Amazon!!



 育児、仕事、妊娠、洪水、出産、エトセトラで今年はめっきり足が遠ざかってしまっていた、うちの畑。かなり放置していたとはいえ、手のかからない果樹をいくつも植えてあったので、たまに手入れや収穫に(ウゴ氏が)行っていたのだけれど、今年初めの大雨と洪水の被害を受けて、それまで豊富に実をつけてくれていたパパイヤの木たちは全滅。生姜やレモングラスなどもご臨終。それよりさらに残念なのが、実をつけるまでに5年ほどかかるアボカドの木。もうだいぶ大きくなっていて、あと1年くらいで実がなりそうなのをかなり楽しみにしていたのに、、、容赦無い水攻めに耐えられず、あえなく枯れてしまった!

 そんななか、生き残り組のパイナップルが去年よりたくさん実をつけてくれているのは喜ばしいかぎり☆


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 さらに、下の写真は、植えた覚えのないトマト。どうやら、私たちをさんざん悩ました洪水で流れこんできた泥に、どこかで消費されたのだろうトマトの種が混じっていたらしく、洪水の過ぎ去ったあと、家の復旧作業や育児や出産がてんやわんやで、手入れもせずに泥地のまま放ったらかしていたのだけど、洪水時に河から流れ込んだ栄養分豊富な泥が肥やしとなり、強い日射しの恵みを受けて、勝手に芽を出し勝手に育っていたものと推測される。なんと逞しきトマトかな!


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 洪水がもたらしたトマトさんの生命力を目にして、不意に励まされ、癒やされたのだった。大地の神様、ありがとう。




 前ブログにつづき、ちらっと新作のご紹介。


 クタ(現地名)と呼ばれるマーブルカラーが綺麗なアマゾンの木がある。その木目を活かせる小物は何かなぁ、と以前から考えていて、今回、ティーカップをつくってもらうことにした。


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 ひとつひとつ手づくりなので、ちょっと分厚かったり、仕上がりが完璧とは言えない面もあるにはあるけど、木目のマーブルがひとつひとつ全部違ってアラ素敵〜♪ とひとり買いかぶって、さっそくアイスクリームやコーヒーを入れての撮影会&お茶会を楽しんでみた。


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 こちらも、ご注文あれば来年期日本上陸の可能性ありです☆


 九年前に開店してからというもの、現地のつくり手さんたちと信頼関係を築き、世界各地から訪れるお客さんとの架け橋の役割をつとめられる基盤となるべく我が子のように育ててきたラ・カンビータのお店だけど、五年ほど前からお店での接客販売を手伝ってくれるスタッフもできて、三年前に長男が生まれてからはいろいろなことが少しペースダウン、ようやく樹が歩き出した頃に今度は成り行き上旅行会社のお手伝いを始めたもんでさらに毎日が慌ただしくなり、そんな環境にちょっと慣れてきた頃に今度は二人目を妊娠し、さらには町と家が洪水に見舞われ、そんななか次男誕生、3歳になったばかりの長男は「イラーン(大阪弁)」「No quiero(スペイン語)」の絶賛イヤイヤ期真っ最中、、、という慣れない非日常的なイベントの連続で、かつて手塩にかけてきたお店の活動はすっかり後回しにされてしまっていたりするここ最近。。。


 を、反省して、久々に新しい商品デザインの提案をしてみた。


 アマゾン産の樹木を手彫りして、アマゾンに生息する小動物たちを象った写真立て。以下の写真は上から、カビバラ、テホン、リスザル。動物たちのお背中に名刺や写真を挟むことができるようになっている。


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 作ってくれたのは、モセテン族出身のミロ兄弟。本来彼らは大きい彫刻を得意とするのだけれど、お客さんへの提供しやすさを考えて、使い道のある小物を提案。アマゾン動物シリーズ、いまは現地のお店のみで販売中だけれども、来年期には日本にも数匹上陸してるかも?

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 ホームページはすっかり放置してしまっていますが、Facebookはときどき現地店に並ぶ商品の写真をアップしているので、ぜひご覧くださいまし!
https://www.facebook.com/LaCambita


 突然ですが、ご報告。
 

 先日、ルレナバケの病院にて3,800gの大きくて健康な次男を授かりました!


 ここしばらく日記更新をサボっていた理由は、まだまだお楽しみのつづいているW杯のせい、ではもちろんなくて、じつはコレ。。。


 2回目となる今回の妊婦生活は、2歳の長男の育児をしながら雑貨屋とツアー会社の両立も続けながらのツワリと貧血に始まり、

 ちょうどその頃、ルレナバケの大切な友人を突然の事故で亡くすというショックな出来事が重なってブルーな日々を過ごし、

 安定期に入った年明けにはかつてない深刻な洪水浸水被害を受けて水道のないテント避難生活を一ヶ月経験し、

 避難中には不注意から溝に落ちて尾骨を強打し(ひび割れか骨折の疑い)、

 洪水後にようやく戻れた住居では下水排水口にトラブルが生じて2ヶ月間もトイレが使えない事態に悩まされ、

 意を決して妊娠8〜9ヶ月で世界半周の移動をして、一ヶ月間日本の実家に里帰り中に、子どもの頃に長年同居してかわいがってもらった祖母の最期を見送ることとなり、

 臨月に入ると、妊婦健診で妊娠糖尿病と巨大児の疑いがあるとして食事制限の注意を受け・・・


 と、なんだかんだのハプニングと困難続きで、「妊娠中は安静に〜」と周りからいくら言われても、なかなかリラックスして自分の身体の変化やお腹の中の子の成長に気持ちを集中することができないマタニティー生活となったのだけれど、みんなに「え、日本で産まないの?」と言われつつもあえて戻ってきたルレナバケで、いざ迎えたお産自体はじつにすんなりと事が運び、本格的な陣痛が始まってから約2時間、3回いきんだだけでスルリと出てきてくれた赤ん坊とご対面!という超スピード安産で、もうそれはそれは心からホッと一息!


 産後の今は、日本からはるばる世界半周して手伝いに来てくれたバァバもいてくれるので(ぴったり出産前日に到着!)、9ヶ月間の苦労の日々が報われた思いで、静かに幸せを噛みしめる今日この頃☆


 じつは彼が生まれたのはボリビアの先住民族の旧暦によるお正月前夜。ティワナク遺跡の太陽の門に陽が昇る直前に生まれた子なので「陽」と名づけた。本来ならHinataと読ませたかったところだけど、それではスペイン語圏では発音が女の子のようだという相方の意を汲んで、Hinatoに決まった。


 「樹」と「陽」、どちらもアマゾンの大自然の恵みを受けて生まれてきた子たち。強く、健やかに、そして優しく、のびのびと育っていってほしいと思う。


 ↓写真は、うちのアマゾン畑にて、バァバに抱っこされる生誕十日目の陽。

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 今年1月から3月にかけての洪水被災以降、だいぶ長らくブログ更新をサボってしまった、、、理由&言い訳はまたそのうち書くとして。


 このところ毎日、W杯観戦がそれはもう楽しくって忙しくってしょうがない。なにしろ我々、南米市民。ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、コロンビア、エクアドル、(今回は出られてないけどパラグアイも)とサッカー強国の勢揃いする南米予選では毎度最下位のじつに残念なボリビアだけど、サッカーを愛する気持ちだけは他国に決して負けてない。ボリビアの国内リーグやコパ・リベルタドーレス、コパ・スドアメリカーナ、コパ・アメリカなどの南米リーグはもとより、チャンピオンズリーグや英プレミアリーグ、独ブンデスリーガ、伊セリエAなども普段から普通にTV中継していてみんな観てるし、週末には地元のサッカーリーグも大層盛り上がる、ただのミーハーではなくかなり本気のサッカー好きだと自負する。在ボリビア歴11年、そんなサッカー愛好文化にすっかり感化されている私もサッカー観戦は大好き。自慢にならんけども、ここのところ午後は仕事サボってまで毎日W杯観戦で町中のみんなと盛り上がっているワケだ。


 多文化と自由に恵まれた環境で育ち、君が代の歌詞も節も知らないで生きてきた私は「愛国心」たるものを持ち合わせておらず、世界中の国が対戦するからって特に日本の優勝に思いを馳せているわけではなく、(まぁミーハーな人情として、日本戦の際にはちゃっかりブルーのサムライユニフォームを着て観戦しておりますが、)ただ、普段違ったチームでプレイする世界中のさまざまな選手たちが4年に一度「国」というカテゴリーに分かれて対戦する様子が単に面白く、また、国によって保守的だったり、自分勝手だったり、チームプレイが上手かったり、肉体的に優れていたり、とそれぞれカラーが違うのを見るのが面白かったり。


 たとえば、前回の優者(さらには欧州リーグ強チームの選手たちが多数いる)スペインが5−1という大差でオランダにリベンジを果たされているのを見ると、意地悪くも「調子に乗ってるからそうなるんだよ、ザマアミロ」とついほくそ笑んでしまう。また、前回準決勝まで勝ち残った南米のサッカー大国ウルグアイがみんなの予想に反してまさかの3−1で中米の小国に逆転されるのも、やっぱり「ザマアミロ」的なサプライズで楽しい。


 今回日本が初戦で対戦したアフリカのコートジボワールは、世界経済の分野では途上国にあたるけども、サッカー選手たちはみんな体格が日本人を上回っていて、顔立ちや気力にもなんだかやたらと迫力があって、対戦中に絡む日本人選手たちが可哀想に思えるほどだった。けど、あの巨人で強面のドロクバ選手が、フランスから独立後も部族間紛争の絶えないコートジボワールの市民に向かって、「みんな武器を捨ててください!」とW杯進出決定後のインタビューで和平を訴えたというエピソードを聞くと、また別のイメージが表れ、とても応援したくなる。


 あと、目をつぶってはいけないのが、W杯とつづくオリンピック開催に向けての大・大・大投資の裏で、日々の暮らしに悩まされる大多数のブラジル市民たちの現実。W杯に向けては去年からすでに国内のいろいろな分野で物価が上がったとブラジルに出稼ぎ中のボリビア人の友から聞く。ミーハーな私は、「お隣さんの国で開催ならぜひとも生観戦したい♪」とも思ったけども、旅費・滞在費・チケット等の高値に躊躇し、結局隣国の我が家でのオンタイム観戦で満足することにした。そんなブラジル国内では、市街の外観を守るために警察がホームレスやストリートチルドレンたちを抑圧していたり、お祭りへの投資を福祉や教育に回すことを求めた市民たちのデモ隊と警察との衝突がW杯開催前も今も各地で見られたりしていて、そんなニュースを聞くとW杯を単純に楽しむことに罪悪感をも感じてしまう。W杯で生じる景気上昇や地域振興の恩恵ができるだけ幅広い市民層に行き渡ればいいのだけれど。。。


 けども、サッカーに罪はなし。スポーツ観戦で多くの人が明るく元気になれたら、健全このうえなしでもある。このあともどんな選手たちのどんなプレイが観られるのか、お楽しみがあと一ヶ月つづく。。。


 写真:日本のユニフォーム着て日本戦の合間にサッカーゲームを楽しむ我が家のサッカーファンたち(相方と息子)☆

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 最初の洪水から丸一ヶ月。じつに3週間にも渡って私たちルレナバケ村民を悩ましてきた雨・雨・雨・・の日々もようやく落ち着き、土砂崩れ後の危険な山で町民のために復旧作業に取り組んでくれた技師さんたちのおかげで町の水道もついに復活、他市からの道路はまだ復旧作業がつづいていて多少物資が不足したり値上がりしたりはしてるけど、なんとか日常生活が回るようになってきた。なによりもこの常夏のアマゾンでいつも親しんでいる青空と痛いほど照りつけてくる太陽の光を浴びることが一番の元気の素!


 とは言え、約一ヶ月に渡って被災を繰り返してきた私たちにとって、その後の復興までの道のりも簡単ではない。。。


 家を失ったり、修復が必要だったりして、いまだに避難生活をつづけるたくさんの家族たち。かくいう私たち一家も、数日間も水に浸かっていた我が家を前に、いったいどこから手をつけたらいいのやらと途方にくれてしまい、、、年末にサボってやり損ねた大掃除を今頃するハメになったワケだけど、ドロドロになってしまった床や壁や家具や日用品らの回収・清掃・ゴミ出し・片付け作業は思った以上に大変で、衛生の点から夜はまだテント生活をつづけている。(もうかれこれ三週間ちょい。)


 畑や田んぼが半壊・壊滅した農家さん、たくさんの家畜を失った牧場主さんの痛手も相当だし、考えるだけで切ない。。。


 町の主要産業であるツーリズムは、他市からのアクセスがいまだに途絶えていることから客足はもちろんないし、ジャングルやパンパスに木や椰子の葉で建てられているエコロッジやボートの物理的被害も大きい。元通りの活動再開には数ヶ月かかるかもしれない。そして、観光業の収入が崩れると、旅行会社やレストラン、ホテルなど直接の観光業関係者は当然のこと、町自体の景気も影響を受けるのが観光地の痛いところ。


 うちのお店だってもちろん例外じゃない。浸水被害こそ免れたものの、ここ一ヶ月はまともに店を開けることすらできなかったため、あまりの湿度でカビが生える商品続出! バイトでお手伝いに来てくれるスタッフの女の子たちには、それぞれの家庭事情が大変でないときだけお店に来てもらい、接客するお客さんがいないからかわりにひたすら対カビ掃除に励んでもらっているこの頃。


 そして、「ラ・カンビータ」の店に商品を卸してくれるたくさんのつくり手さんたち。各集落によって被害の大小はさまざまだけど、みんな多かれ少なかれ洪水被害を受けている。雨がおさまって、ちょこちょこ私のところに顔を出してくれるようになって、それぞれの洪水体験話や現況に耳を傾ける。正直、今の状況で彼女たちの商品を受け取っても、観光業が落ち込んでしまった今、しばらくは現地で売れる見込みはないし、湿度の高い雨季がまだ一ヶ月はつづくなか在庫保管作業だけでも大変で、心中アレコレ葛藤がありながらも、商品を卸して現金を持ち帰りたい彼女たちの気持ちや状況はこちらとしても痛いほど分かるし、私にはほかに彼女たちを手助けする方法が思いつかないので、店が面している状況を説明し理解してもらいながらも、できるだけ商品の買い取りをする。お互いに、今後の好転を祈りつつ!


 そんなわけで、じつに四度もの洪水をもたらした今年のかつてない連続大雨は、年始めからルレナバケや周辺の住民たちに大きな試練を与えてくれ、今年は誰にとっても前途多難となったわけだけれども、「自然と生きる」意味を実感させられる日々、自然への敬服を忘れずに、アマゾンの樹々のようにみんなで共生しながら強く逞しく生きていこう。



↓写真は、今後の洪水対策に備えて、我が家と溝の間に堤防をつくる作業に励むウゴ氏とその仲間たち。オレンジの家の壁に注目! 洪水時の最高水位の跡を残すラインが窓より上の高さにあるのが分かるでしょうか??

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